めらめらオーラが見えました2021/03/27

私が執筆活動をしていることは、このブログでも時々書いていますが、
今日の正午前が〆切のものがあったので、実は徹夜をしてしまったのです。

今朝、6時までかかって漸く書けたので、結局入浴も出来ずに、
今朝は(もう昨日になってしまったけれど)金曜日で燃えるゴミの日だったので、
ゴミ出しに行ってから寝ることにしました。

ゴミ出しから帰宅して、手を洗って、歯を磨いて、顔をぬるま湯でザブザブッと洗ってから、2階の寝室に行きました。

さて、寝ようと思って、靴下を脱ぎながら、

「あ、お風呂に入れなかったんだから、足を洗えば良かったな」

と思ったけれど、少しでも眠らなくてはと、
脱いだ靴下を椅子の上に置いて足を布団に入れようとしたら

!!!!!

なんと、足からオーラが立ち上っていたのです。
それも、普通のオーラではなくて、物凄いのです。
特に、各指先からは、炎のように湧き出して、煙のように60cm以上にも広がっています。

「え、うそ! オーラって足からも出るの?」

足を布団に入れてから手を見てみたら、
手はもっと凄かったんです。
メラメラと燃え広がっていました。
特に指先からは噴出していた。
銀色っぽい透明な光で、縁が少し金色っぽかった。
周囲1mくらい広がっていた。

たぶん、創作活動で生体エネルギーが超高まっていたのだろうと思いました。


実は私は、大学生の頃に「あなたにもオーラが見える」というタイトルの本でちょっと修業したことがあり、当時はオーラを見る練習もしていましたが、せいぜい2~3cm位しか見えなかったと記憶しています。
そして、社会人になると忙しくて忘れていたし、
創作活動を始めたらオーラどころじゃなかったし、
介護生活になってからは、オーラなんて思い出しもしなかったので、
もう30年くらい、全く考えもしなかったし、見ようとも思っていなかったので、

つまり、見ようとしたわけではなかったので、
本当に驚いてしまいました。

5時間程眠ってから目が覚めた時、
もう一度見てみたら消えていたけれど、
まあ、起床後で生体エネルギーも低下しているよね。

起き上がって、
アルカリイオン水をペットボトルに入れて飲んで、
仏壇にお茶と水を上げて、
パンにマヨネーズとツナ缶とチーズをのせてグリルで焼いて、
富士リンゴを洗って切って、
ミルクコーヒーを入れて、

ブランチの後で洗濯をして、
ついでに廊下で手を見たら、
再びオーラが発生していました。
寝る直前ほどじゃなかったけれど。

これを書きながら、ふと思い立って見てみたら、
やはり見えました。
透明でメラメラ広がっていました。

実は私はけっこう霊感も働くのですよ。
霊感の話はまたの機会に。

FLY ME TO THE MOON2021/03/22

手振れしたら月がハートになっちゃった💗
創作に没頭するとお風呂に入り損ねることがよくあります。

昨日も入浴し損ねたままベッドに入ったのが午前4時過ぎ。
ところが全然眠くならなくて
仕方ないから20分くらいスマホを見てたら眠くなって眠りました。

普通はスマホのブルーライトは眠気を阻害するらしいのに普通じゃないね。

8時前に目が覚めたけれど9時まで寝てて
寝る前に浮かんでたアイデアの卵をすぐにでもパソコンに入力したかったけれど
お風呂でお湯に浸かりながらもうちょっと考えようと思ったんです。
洗濯機回しながらで音が煩かったけれど

寝る前のアイデアの卵が、お湯に浸かっていたら育って
「不条理っぽい話かも」の第2話「無限ループかも」
https://novelup.plus/story/617122717
が突然に湧いてきました。
暇な時にでも読んでもらえると嬉しいです。

「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の歌詞を使ったので、
英和辞典を引きながら私なりに和訳してみました。

英語は苦手だったので自信はありませんが、ネット上の和訳に気に入るものが見つからなかったので。

歌詞っぽさに重点を置いて意訳したつもりだけれど、変だったら御免なさい。

Fly me to the moon
(私を月に連れてって)
And let me ply among the stars
(そして遊びたいわ星達に囲まれて)
Let me see what spring is like
(春がどんなだか見せてよ)
On Jupiter and Mars
(木星と火星の上みたいな)

In other words, hold my hand!
(手を握って!って意味よ)
In other words, darling, kiss me!
(大好きな貴方、キスして!って意味なのよ)

Fill my heart with song
(私の心を歌で満たして)
And let me sing forevermore
(そして未来永劫まで歌うの)
You are all I long for
(貴方にお願いよ)
All I worship and adore
(私の全部を愛してね)

In other words, please be true!
(誠実でいてねってことよ!)…「嘘なんかつかないでね!」と意訳したい
In other words, I love you!
(愛してるってことなのよ!)

発達障害ゆえなのか?(イラスト添付)2021/02/27

自作スクリーントーンモノクロイラストをスキャンしてペイントで着色
私が自閉症スペクトラムという発達障害であること、
小説を書いていることは、以前に紹介した通りです。

私は、小説のイメージには困らない。
以前に「戯曲講座」を受講した際に、先生から、

「君の場合、イメージがあり過ぎるのが欠点」
と言われ、落ち込んだ。

私のイメージ力は底無し。
小説投稿サイトに昨年11月に登録して、ほぼ毎日更新している。

なぜもっと早く登録しなかったかというと、Web小説の世界では、私の小説は読まれないと思っていたから。

それは正しい見解だったと思う。

全く読まれないわけではないけれど、
私の小説や詩を読んでくれる人は少ない。

少ないとは言っても、ゼロではないし、
誰かが読んでくれることがモチベーションになるから、書き続けることができ、
それが今の私の生きる力にもなっている。

ただ、落ち込むことも多い。
読者が少ないということよりも、
「ああ、そうか。やっぱり感性が全く違うのだな」と思い知らされて。

小説投稿サイトの世界では、読んだ作品に、スタンプや💗や★、さらにはコメントなどで応援や感動を込めることができ、
私も少しは頂いている、というか、頂けていることが奇跡というか……。

お返しをしなくてはと、応援してくださった方の作品を私も読む。
もちろん共感して面白いと思うこともあるけれど、
悲しい事に、それは少ない。

お返ししたい気持ちは山ほどあるから、
共感しなくてもお返しをすることもあるけれど、とても心苦しい。

物凄くたくさん読まれて、応援ポイントや💗や★を桁違いに持っている作品も読んではみるけれど、
残念なことに、私には全く共感できない。

なんの捻りも無い、どこにでもある、誰でも思いつく、ただ主人公の願望や欲望を満たす為であろう話の、どこが面白いの?
としか思えなかったりすることもある。

けれど、そんな作品が読者の物凄い共感を得て、
要するに需要があるのだから、それが民主主義。


アニメ化された作品を見ても、
私が面白いな、良いな、と思うものは、ほぼコミックスが原作。

原作がWeb小説で最近量産されている深夜アニメの大半は、
Web小説を書くからには、勉強にもなるだろうと、
最初は見てみるけれど、つまらないだけではなく、
中には不快になる物もあり、見るのをやめる。

好みは人それぞれだし、
私の感性が世間一般の人達と違っている為なんだろう。

私は、〇本新喜劇を見ても全く面白くないし、大半のドラマも面白くない。
新喜劇で、みんなが笑っている場面でも、
ただのダジャレやズッコケが、どうして大笑いするほど可笑しいのか分からない。

好きなお笑い芸人もいるけれど、大半のお笑いは、
みんなが笑うのが不思議でならないほど面白くない。

ドラマは、私は先読みが出来てしまうので、
ありきたりのストーリーや見え見えの演出にはウンザリする。

ミステリーでは、事件が起きた現場にいくつもヒントがあるのに、それに気づかない名探偵にウンザリする。
サスペンスなら、犯人を追い詰めていく過程を楽しめるからウンザリしなくて済むけれど。

つまり、Web小説だから面白いと思えないというのではなく、
世の中のエンタテイメントの大半が面白くない。

こんな私が書く小説や詩は、
読者から共感をあまり得られなくても仕方がないと思う。

それが辛い。
今の感性を望んだわけではなく、
生まれ持ってしまっただけだから。


笑いのツボが違うのは、発達障害の特性の一つらしい。

世間一般の皆様のツボは頭では理解できるから、
そこを押えて書くことは難しくはない。
けれど、それは、私が書きたいものではない。

イラストは、探し物の途中で
昔描いたモノクロイラスト(スクリーントーン使用)を見つけたので、
スキャナーで取り込んで、ペイント3Dでざっと色付けしたもので、
Web作品の表紙に貼り付けました。

興味を持ってくださった方は、
以下の短い物語と詩に、どうぞお立ち寄りください。
目を通していただけるだけでも嬉しいです。


伝説風短編物語「ウミとソラと旅立ちの物語」
https://novelup.plus/story/208957577

詩集「ソラとウミとホシと……」
https://novelup.plus/story/978730962

絶望の淵、諦めの先に2020/12/25

随分大げさなタイトルだと思ったかもしれない。
けれど、決して大げさではないのだ。

私が、生まれた時から既に様々な困難に合い、多くの障害と病気を持っていることは、前の記事で書いた。
ただ、おそらくは、多くの人が?????と思うだろう。
その辛さ、苦しみはほとんど理解されない。
「命に関わるわけでもなし、大した事じゃないやん。もっと大変な人一杯居るよ」って思われそう。
だから、私も、誰にも言えない。

以前の記事にも書いた通り、障害者就業・生活支援センターでも、冷たく扱われた。
市役所の障害福祉課では、ヘルプマークを渡されただけだった。
専門知識があり、支援する立場にある職員でさえそうなのに、隣近所や職場やごく一般的な人達が理解するのは難しいだろう。

実の姉も、大した事とは思っていないらしく、詳しい事を聞こうとはしない。3ヶ月前にヘルプを送った姉からは、もう2ヶ月半連絡がない。仕方がない。姉はコロナ禍で仕事や家族を守るのに精一杯だ。
私は、姉が心に寄り添ってくれることを諦めた。

半年前にヘルプした親友。優しい人だけれど、彼女もあまり理解しない。
「心無い返信をしてしまってゴメンね、過去にも同じ失敗で多くの友人を失った」という彼女に、
私は「大丈夫。貴方は優しい人。一人じゃないよ」と返した。
私は、自分の本心を打ち明けることを諦めた。
差しさわりの無い日常のみの遣り取り。
それでいい。彼女が私の苦しみを理解できなくても、私を気に掛けてくれていることは本当だから。

NHKの発達障害に関する番組やサイトでは、ある発達障害者の
「助けを求める資質も必要」といった内容も紹介されていた。
それは、救いの手が差し伸べられたから言えること。
私は何度も助けを求めたけれど、どこにも届かなかった。
地域包括支援センターも、障害者就業・生活支援センターも、市役所障害福祉課も、助けてはくれない。
自閉症スペクトラム障害と言っても、IQが高いゆえに、自立に問題ないと思われる。
私のHELPの求め方が悪かった?
諦めずにHELPし続けろ?
もう無理。これ以上、傷付きたくはない。

TVでは「おうちで家族と過ごそう」というけれど、一緒に過ごす家族はいない。
「離れていても電話で話そう」と言うけれど、私は親友に電話をして辛い思いをしたから、もう自分の都合で電話はできない。

まだ仕事をしていた頃、別の親友の声が聞きたくなり、何時頃なら忙しくないだろうかと考え、夜8時頃に電話した。
「(月)だけど、今電話大丈夫?」と聞いた。
「なんで、この忙しい時に電話なんかしてくるの!」
親友はいきなり怒鳴った。
「忙しいならいいよ。ごめんね」
私は電話を切って泣いた。
忙しいかもしれないから「大丈夫?」って聞いたのに。
忙しいなら「ごめん、今忙しいから、〇〇時頃に電話してくれる?」って言ってくれればよかったのに。
きっと、親友は、そんな余裕がないほどに、何かに気を取られていたのだろうと自分を慰めた。数日後には、「あの時はごめんね」と電話があるかもしれないと。
とうとう彼女からの電話はなかった。
年賀状は欠かさず送っていたけれど、返信はあったり無かったり。
それくらいの事?と思う人もいるかもしれない。
けれど、異常な記憶力がある私は、様々なことがいつでも脳内でフラッシュバックする。
同じ思いは二度としたくない。

多くの事は、やがて時間が解決すると、よく言われる。
過去の記憶が決して薄れることの無い私の場合は、時間の経過は解決にならない。
相手は忘れていくけれど、私の中では鮮明なまま。
執念深いと勘違いされるかもしれないけれど、私自身も、そうなのかと苦しんだけれど、そうではなかった。

信じられないかもしれないが、私は、被災者でもないのに、東日本大震災の津波の映像がフラッシュバックする。
熊本の豪雨で家を失った方々のニュースを見るたび、辛くなって胸が痛くて涙がにじみ、鼻をかむ。
ちびまる子ちゃんでさえ、私は何度も泣いている。
一人暮らしの私は、TVも一人で見ているから、誰かに涙もろいと思われたくて泣くわけではない。

自らの行動で、心が痛くて苦しくなることを招きたくはない。

見た目には全く分からない障害。
私の障害や病気は、直接的に命の危険に関わらないし、感覚過敏で日常生活にどのような困難があるかなんて、誰も聞こうとはしない。
全ての感覚が超過敏であっても、感覚は目に見えないから、本人の気にし過ぎ、我慢が足りない、そんなの大なり小なり誰だって感じる……と思われるだろう。
私自身が、そう思って我慢してきたのだから。

感覚過敏によってどんなに日常生活が困難となるか、該当者以外は誰も想像だにしないだろう。
ましてや、私は、全ての感覚が過敏なので、そういう人は多くはないかもしれない。

自分でできる対策はする。例えば、TV画面は調整して一番暗くするとか、パソコンは専用眼鏡を使うとか、部屋の明かりは暗くするとか、TV視聴は字幕にするとか、外出時は耳栓をするとか……。
だけど、自分ではどうしようもない事のほうが多い。

食料品の買い出しに近所のスーパーに行っただけで、頭のクラクラと吐き気に襲われる。クリスマスや年末で店内放送も慌ただしく大音量となり、しかも暖房など入っていたら、もう地獄の苦しみ。
極力、車の運転は避ける。右折しようとして、信号無視の直進車にぶつけられそうになった恐怖と、病院からの帰りに事故車の隣を徐行しなければならなかった恐怖。
もう一つ、病院からの帰りのスーパーの駐車場で、私が駐車スペースにバックした途端に右側の車のドアが開き、左側には急に車が入ってきて、体調が悪かった上に前庭覚障害のある私は、目が回って車を真っ直ぐに止められず、少し斜めになったが駐車スペース内には収まっていた。
車から降りた途端、左側の車から降りた中年女性に言われた。
「もっとちゃんと駐車したら!」
その女性は、ピンク色の制服の左胸に「アイコデイサービス」と青い刺繍がしてあった。
以来、私はそのスーパーに車で行けなくなった。

長距離の自動車運転は、信号無視の車にぶつけられそうになった恐怖や事故車の隣を徐行しなければならなかった恐怖で、もう出来ない。
駐車場も怖い。
公共の交通機関も怖い。
長距離の移動ができないし、付き添ってくれる人もいない。
映画にも行けない。
交通手段の問題だけではなく、映画そのもののフラッシュや点滅、急速度のカメラワークなどで頭痛と吐き気がするからだ。
自宅では、TVを消して目を閉じて休めば良いけれど、一人の外出先ではどうしようもない。
だから、引きこもるしかない。

コロナ禍で、ステイホームを呼び掛けられるから、家から出なくても、周囲の目を気にする必要は無いけれど、何処に行くにも何をするにも一人で、障害や病気による日常の困難も理解されず、一人で抱えるしかない孤独。

私は、決して自ら引きこもった訳ではなく、若い頃からボランティアや地域活動を始め、色々な団体に所属して活動したり講習を受けたり資格を取ったりした。
けれど、詳しい話はここでは書かないけれど、朱に交わっても赤くなれない私の孤独は、癒されるどころか、弥《いや》増すばかりだった。

私の障害や病気は、直接命の危機には至らないけれど、孤独こそは死に至る病であるとは、誰も考えないだろう。
私は子供の頃から何度も絶望の淵に立った。
小学4年生の頃、既に友人関係に絶望した。仲が良く、親友と公言する同士が、陰では互いの悪口を言っているのを見聞きして、誰も信用できないと思い、遠くに行ってしまいたかった。
虐められ、仲間外れにされ、担任からさえ耳を傾けてはもらえず、親友と思っていた相手に裏切られ、職場では体調不良をサボリや怠慢と思われてパワハラ被害に合い、恋した人は、自分から超アピールしてきたくせに、私が辛くて弱音を吐くと離れていった。

私は、この世界に絶望しかない。
けれど、死を選んでも解決しない。
だから、私は、自分ではどうすることもできない事を全て諦めることにした。
もう子供を産んで母親になることができないと分かった時の哀しみ。
それを諦める事でしか、前には進めなかった。
公的機関の支援も諦めた。
再就職も諦めた。
異性に理解されることも諦めた。
姉の寄り添いも諦めた。
親友に理解されることも諦めた。

絶望の淵の、諦めの先に、ただ一つあるのが、こうして書くこと。

幸いなことに、コロナ禍にあっても、私には住む家があり、質素に暮らしてきたから仕事をしていた頃の貯えにより買い物もできる。

小説投稿サイトへの投稿は、世間で主流のライトノベルとは逆行した小説なので、PVは増えないけれど、読んでくれる読者がいれば、それで心の支えとなる。

絶望の淵から、全てを諦め、ただ一つ残った、現実ではない世界を描くこと。
収入にはならないけれど、今できることは、ただそれだけ。
だから、私は全力を傾ける。

長文を読んでくださって、ありがとうございます。m(_ _)m

漫画にしてくれないかなあ。2020/12/19

「創世神話(改)」を執筆するかたわら、昔の短編小説を無料小説投稿サイトに投稿しています。

「創世神話(改)」は、セルフリメイクだけれど、まだ全体の半分を過ぎたところなのに既に書籍版の文字数をこえているので、毎日執筆するのが大変。

そのかたわらで、昔の短編小説を3つのサイトに公開している訳ですが、「創世神話」よりも昔に書き始めた中編小説「貝の中の真珠のように」に、数日前、とても嬉しいコメントをいただきました。

とても美しくて絵になる小説だ、と。

実はこの「貝の中の真珠のように」という小説、思い入れが強すぎて、物語とは直接的には関係の無いエピソードもたくさん入っています。
人によっては、「ナニコレェ~」と引いてしまうのではと、心配していました。
そんなエピソードは削ればいいのに、と思いますよね。
ごもっとも。
でも、分かっていても削れない。

主人公の少年が憧れる年上女性の為人(ひととなり)や内面を書きたいという、無用の思い入れが強すぎて。
切なく美しい物語を書きたいという思い。
主人公の中学生も切ないけれど、その憧れの女性も、その届かない想いも、主人公の兄も、みんな切ない。
思い入ればかりが強い小説かも。


小説を書かれるほかの皆様がどうなのかは分かりませんが、私の場合、文字が頭に浮かぶこともあるけれど、
多くの場合は、映像として脳内で映画を見るような感じで浮かびます。(私が自閉症スペクトラム障害だから?)
それを漫画にできるとよいと思うのですが、残念ながら画力が足りません。
それに、漫画は、小説を書くよりも、時間も労力も費用も体力も遥かに多く必要ですよね。

かくして、頭の中の映像を必死で言葉に変換していく地道な作業をするわけで、
「貝の中の真珠のように」は、映像的表現が多いです。
自己満足に過ぎない小説ですが、
「美しく、絵になる小説」と評価して下さった方がおられて、本当にうれしい。

ちかごろは、プロでなくても本当に絵の達者な方が多いですよね。
昔は、プロの漫画家でも絵の上手な方ばかりではなかったけれど、
今は、本当にみんな美しくて魅力的な絵を描かれます。
憧れます。
どなたか、私の小説を原作にして、漫画を描いてくれないかなあ。
だけど、商業作品にはならないだろうから、無理でしょうねぇ。

もしよければ、下記をポチっとして、暇つぶしに読んでみて下さいね。

ノベルアップ+
https://novelup.plus/story/134988564

カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055218878005

ツギクル
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50414

ブログをお読みいただきありがとうございました。

短編小説に愛の手を(T_T)2020/12/18

髪を切ってさっぱりしたので、昔書いた短編小説の手直しもはかどって、無料小説投稿サイトに公開中です。

カクヨムの短編小説コンテストに応募中なのですが、PVがまったく増えません。
増えないどころか、2作品は1PVしかないし、もう一つも3PV。
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

どうぞ、お優しい方、ワンクリックでお助け下さい。
読者選考でランキングが下位だと、予選落ちで審査員に読んでもらえないらしいのです。
私は人付き合いが苦手で、SNS上にも友人がいないため、読んで評価してくれるように頼める人が一人もいません。
このままでは、予選落ち確実です。
どうか、皆様の温かい愛の手を!!!

「流星の奇跡」カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055219001472

「月光の糸」カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055221440130

「行列の街」カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055297218481


ちなみに、他サイトでも公開中。
コンテストはありませんが、思っていたより読んで頂けていて嬉しいです。

「流星の奇跡(darknight heartlight番外編)」

双子座流星群の夜に贈る愛と奇跡の物語。
2020年12月13日~14日は双子座流星群でした。
現在の日本とは少しだけ違っている日本のM市。カフェバーを訪れた紗夜《さや》は、双子の妹、摩夜《まや》を捨ててしまった自分を悔いていた。
もう今は居ない妹との悲しい思い出を語る紗夜に、ちょっと不思議なマスターが、カクテル「ホワイト・レディ」を差し出す。
「妹さんに、そして、あなたに」
その後に起こる奇跡の物語は……?

ノベルアップ+ 
https://novelup.plus/story/831634544

ツギクル 
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50411



「月光の糸」

切なくミステリアスな純愛ファンタジー。
心に傷を負い、通信制高校に通う都希斗《ときと》。
ある夜、電源の入らないスマートフォンに、届くはずのないメールが着信し……。
月の照らす夜にだけ、もう居ないはずの彼女とメールで繋がる壊れたスマートフォン。
彼女の声が聞きたい。会うことが出来ないとしても。都希斗の願いは叶うのか。

ノベルアップ+
https://novelup.plus/story/423070760

ツギクル
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50423


「行列の街」

あなたも行列に並びます?ナンセンス不条理劇?
ひょんなことから、ある行列に並ぶことになってしまった主人公は、優柔不断に笑ってごまかしながら、なんとかその場をしのいでいたが、あまりにも不可解なその行列は、一体何の行列なのか?

ノベルアップ+
https://novelup.plus/story/359869817

ツギクル
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50531


何卒よろしくお願い致します。m(_ _)m

髪を切りました2020/12/18

1週間ほど前、髪を切りました。

ヘアドネーションしようかなと、4月以降伸ばしていたのですが、小説を書いていると、つい神経質になって、自傷行為で抜いてしまいます。
髪を抜く自傷行為は、以前の記事にも書きましたが、大学1年生の頃からです。

なので、夜に入浴する前、思い切って、髪切り鋏で自分でバッサリ切りました。20cmちょっとくらい。
後ろ髪はバラバラだけど、どうせコロナ禍でほぼ外出しないので、別にいいや。
昔よく自分で髪を切っていた頃もあったけれど、去年までの10年間くらいは美容室に行っていたんですけどね。
元々出無精なんだけれど、コロナ感染も怖いし、外出自粛生活で、ますます外出がおっくうになりました。

母の髪を、母が施設に入ってもずっと私がカットしに行っていたので、自分の頭をテーブルの上にでも置けるなら、セミプロ並みの腕はあると思うのですが。


母は、7,8年前に、美容室に髪のカットに行ったら、顔の染みの事を美容師に言われて、それ以来、美容室に行くのが嫌になり、だから私が髪をカットしていたのです。

美容師は悪気は無かったのだろうけれど、うかつ過ぎですよね。
80歳になろうと、90歳になろうと、女性に顔の染みの事を言うなんて、傷付いて当たり前です。

「鼻の頭、それどうしたんですか?」って言われたそうです。

母は、鼻の頭にできた染みをとても気にしていたのです。
シミ取りクリームや染み隠しのコンシーラーを、私と買い物に行くたびに欲しがって、いくつも買ったのだけれど、すでに軽い認知症だった母は、買ってもほとんど使わなかったんですよ。
思い出すと、染みが気になって化粧品を買うけれど、家に帰ると、数日もせず忘れてしまう。
その繰り返し。



髪が短くなったら、軽くなったし、ゴムで結ぶ必要も無いので後れ毛も気にならないし、引っ張って抜くことも無くなりました。

執筆も順調です。
執筆活動の報告は、また別の記事で。

創世神話(改)連載10万文字突破2020/12/11

無料小説投稿サイトへの投稿を11月18日に始めたので、もうすぐ1か月。
連載作品を毎日投稿して、文字数116.141文字となりました。
応援のコメントなども頂けて、とても励みになっています。
現在、3つのサイトで連載しているので、読んでみていただけると嬉しいです。

内容はスペースファンタジーですが、文体は精緻です。
登場人物や物語には多くの謎が秘められ、少しずつ謎が明かされていくミステリーの要素も大きいです。
張り巡らされた伏線が、やがて繋がっていきます。

よろしくお願いいたします。m(_ _)m

ノベルアップ+  https://novelup.plus/story/220521264

カクヨム  https://kakuyomu.jp/works/1177354054944832112

ツギクル  https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=49901


「創世神話(改)~遥かなる輪廻と転生の物語~」
序章
第1章 孤独な魂はさすらう
 1 月読祭の夜
 2 夢の中の唄
 3 謁見
 4 ストーレ・パラオ
 5 翡翠鳥の館
 6 エルディナの月
 7 涙の理由
 8 円形闘技場=COROSIAW

第2章 憧憬する心は呼びあう
 1 憂愁の貴公子
 2 千人街と夜想曲
 3 偽りの光の中で
 4 陽光の海
 5 狂科学者の洞窟
 6 公演前雨
 7 マナの力 ― 邂逅 ―
 8 激震

第3章 混沌の無意識は模索する 
 1 事象分析局 ― 失われた記憶 ―

…………以降も順次公開していきます。
よろしくお願いします。m(_ _)m

小説家の才能2020/07/16

パソコンによる自作カバーイラスト(左)と、出版会社のデザイナーの名前によるカバー(右)
昨夜、芥川賞と直木賞のニュースを見た。
きっと、多くの方が、受賞作を読みたいと、関心を持ってニュースを見たことと思う。

私には、一方的にだが、苦い(と言うのも変だが)記憶がある。

2003年下半期の発表の後、新聞の見開き全面の「小説は、1にも2にも才能で、努力なんて関係ない」という見出しが私の目に飛び込んできた。それは、瀬戸内寂聴先生と、最年少記録で芥川賞を受賞された方(名前はあえて書かない)との対談だった。
瀬戸内寂聴先生の言葉はこうだった。
「小説は1にも2にも才能で、努力なんて関係ない。あなたが非常に若くして賞を取ったのも、あなたに才能があったから」

たぶん、誰もが、「そんなの当たり前」と思って、気にも留めないだろう。
けれど、私は打ちのめされた。
ああ、そうなんだ。凡人がどんなに頑張っても無駄なんだ。だって、瀬戸内寂聴先生がおっしゃるのだから。

私は、中学生の頃からノートに小説を書いていた。村岡花子先生訳「赤毛のアン」シリーズを全部読み、いつかモンゴメリのように小説家となり、ギルバートのような人(モンゴメリ自身の結婚相手は牧師だったと思うけれど)と結婚し、たくさんの子供たちと幸せに暮らすのが夢だった。どうすれば小説家になれるか当時は情報も無く、ただひたすらノートに書いていた。
しばらく後に、ノートではダメで、練習であっても原稿用紙でなければならないと知り、原稿用紙を多量に買った。立原えりか先生の童話の後書に書かれていたと思う。

読み返すたびに書き直す私は、原稿用紙は書き直しだらけで読めなくなり、何度も1から書き直さなければならず、漸く家庭用のワープロが使える程度になった時、ボーナスをはたいて買った。なにしろ、それ以前のワープロは、ディスプレイが3行程度しか表示できなかった。

仕事が休みの日、ひたすらワープロに向かった。
けれど、ワープロで1文書に保存できる容量は限られており、いくつにも分けて保存しなければならなかった。ようやく家庭用カラーノートパソコンが発売されたが、100万円以上して、仕方なく最新のワープロに買い替えた。それでも、十分ではなかった。
ようやくパソコンに買い替え、ワープロ原稿も投稿が認められるようになり、短編や長編を投稿したが、全て没だった。

それでも、努力はいつか実るかもしれないと思っていた。
そんな前向きな気持ちが、打ち砕かれた瞬間だった。
しばらくは何も書けなくなった。

たとえ才能が無くても、何倍もの努力で頑張る!
私は再び書き始めた。
賞を取るだけが道ではないと、私はあらゆる可能性を模索した。
共同出版という形で、出版できることになった。
編集者は、私の文章が難解だと指摘した。その指摘を受けることは分かっていたが、万人向けではないと分かっていても、平易な文体にして作品世界のイメージを崩したくなかった。

大変な苦労の末、出版はされたが、私には大きな不満が残った。

1. カバー表紙は私がパソコンで作ってデータ送信したものを元にしたにも関わらず、出版会社のデザイナーの作になっていたこと。

2. 何の相談もなく、帯に「スペースオペラ」と書かれてしまったこと。読めば分かるがスペースオペラではない。おそらく、宇宙が舞台となるファンタジーだからと、安易にスペースオペラと書いたのだろうが、そもそもスペースオペラとは、昼ドラを、石鹸会社がスポンサーであることが多かった為にソープオペラ、西部劇をホースオペラと呼び、馬が宇宙船に変わっただけとの揶揄を込めて呼んだものだ。出版界にいて、そんなことも知らないとは。

3. 契約や打ち合わせにあたっては、会社が旅費を出して会社にて行うと文書には書かれていたが、初めて電話があった時、震える声でその事を尋ねると、「自分は契約担当だから、編集担当者からまた話がある」との答え。しかし、ついに一度も誰とも顔を合わせることは無かった。私が地方に住む為に、軽んじられたのだ。

4. 初めての出版であるというのに、校正に対する厳しい要求があり、校正の記入の仕方が悪い、見にくい、遅いと散々に言われ、「〇日までに郵送して下さい」とあるのでその通りにすると、「〇日までというのは〇日必着と言う意味だ。後のスケジュールが押して困るのはあなた自身だ」とのメール。向こうが郵送して私に届くまででも2日程かかるのに、それでは私は、300頁もの原稿の校正に3日もかけられないことになる。そもそも、後から校正でいくらでも直せるからとせかされ、不本意な原稿のままゲラ刷りに出したのに。

5. 最終的に製本されたものには、結局4か所の重大な校正ミスがあった。所詮は素人相手で、それなりにしか仕事をしてもらえなかったのかと思う。

私は悔しかったが、どうしようもなかった。せめて次の為にと、文部科学省認定社会通信教育「公正実務講座」を受講した。二度と屈辱的な扱いを受けることのないように。

教材が届いた数日後、父が急死した。
一人になった母を助ける為、私は実家に戻り、通夜や葬儀などを終えてから、アパートを引き払って実家に引っ越した。
私は鬱になった。中学生の頃から父に疎まれることの多かった私は、死に目に会えなかったことで、胸に大きなしこりが残った。既定の半年では講座を終えられる見込みがなく、3ヶ月の延長を申請し、死に物狂いで講座を終えた。

中学時代の同級生が、私の才能(有るか無いかは別として)を役立てたいというので、同窓会ホームページに、元同級生達を主人公や敵役脇役にしたライトノベルを連載した。ギャグ満載のライトノベルは初めてだったが、あふれ出る言葉を驚異的スピードで紡ぎだし、好評だった。
連載終了後は、別の元同級生に頼まれ、別の筆名で、ライトノベルではない不思議物語を連載した。ランキングではいつも上位になっていると元同級生には言われた。

母の認知症を見過ごせなくなってきた頃、東日本大震災が起きた。
私はニュース映像でしか見ていない。それでも、書けなくなった。書きたいと強く願う内容はいくつもあり、気持ちもあった。けれど書こうとしても、真実に程遠い絵空事に思えて、書き綴ることが出来なかった。
そして、母の認知症が重くなり、壮絶な介護生活が始まった。
家族介護者の中には、介護の実態をブログや書籍で公開している例も多いようだ。私にはそんな余裕は無かった。介護だけで精一杯だった。月に一度もパソコンを開けなかった。

今もTVで震災の映像が流れると、私は涙がこぼれ、正視できない。自分が体験したわけでもないのに。

全て言い訳にしかならない。

実際に候補となりながら落選した方々の悔しさは、私には推し量ることもできない。
皆きっと、命を削って書いているから。
報われるのは、一握りの才能の持ち主だけ。

それでも、この受賞者発表の時期になると、私には苦い記憶が蘇る。
多くの人は時間と共に記憶が薄れゆくのだろうと思うが、自閉症ゆえに、私の記憶は少しも薄れない。記憶と共に、その時の想いも全て。