寒波に思う母の入浴2020/12/26

昨年は暖冬と言われ、それでも寒いと思ったけれど、今年の寒波は数年に一度の最強寒波らしい。
雪で関越自動車道に取り残された車に乗っていた人達からは、体調不良者は出ても、どうやら死者は出なかったようでほっとしたけれど、屋根からの落雪や雪かき中、雪下ろし中の事故などで、何人もの方が亡くなられたことは、本当に痛ましく思う。
私などは、雪国ではないので、たまに雪が降っても、少し交通が麻痺する程度だけれど、雪国に住む方は、この冬をどうか無事に過ごしてほしいと願うばかり。

雪は滅多に降らない地域に住んでいるけれど、それでも、冬のこの時期は、近くの山から吹き下ろす北風で、外は凍える寒さとなる。
特に、冬の夜の浴室は寒い。

母の介護をしていて、母が一人で入浴できなくなり、始めは一緒に入浴していたが、それも無理になって、私はTシャツ短パンの軽装で母を入浴させ、身体を拭き、髪を乾かし、服を着せた。
冬、風呂場が寒いと母が何度も言った。確かに、その年の浴室は、例年になく寒かった。
窓の外を北風が吹き抜け、保温にしてもお湯がすぐに冷めて、浴室の床は冷たくなり、お湯に浸かっていないと体が凍えた。

家を新築する際、母は浴室暖房乾燥機を希望したのだが、父が不要だと言った為に、うちの浴室は温めることが出来なかった。
私は、母の為に、浴室と寝室のリフォームを計画し、住宅業者に相談した。
ところが、業者は忙しかったのか、リフォームはあまり儲けにならないと考えたのか、全然返事をくれなかった。

母がデイケアに行っている時間を利用して、私は再度業者に連絡し、その業者も含めて4業者に見積もりを取り、計画を進め、業者を決定しようとしていた矢先、母の健康状態が急激に悪化した。認知症も急速に進んだ。

もういよいよ救急搬送しかない状況に追い込まれ、私は半分泣きながら姉に電話し、母は、救急搬送先での入院を余儀なくされた。
病院は、完全看護と言いながら、介護の面は全く不十分だった為に、私は毎日病院に通い、病院の不足を補った。住宅リフォームどころではなくなった。
業者には、訳を話して計画を中断した。

その後、母は、一度は退院して自宅に戻ったが、体調悪化によりデイケアに行っても帰されたり、ショートステイも断られたり、認知症の進行により母がデイケアに行きたがらなくなったり、私が毎日一日中母の介護をするようになった。
私は、夜も母に付き添い、ほぼ寝る時間もなくなった。

母が一旦回復して自宅に戻った為に、姉は心配いらない状況になったと思ったらしく、姉に電話をしても状況を理解しなかったのか2週間たってもそのままだった。
いよいよ困り、再び半泣きで姉に電話した。母を私一人で隣の市の認知症専門病院に連れていくことは不可能だったのだ。

母はそのまま入院した。
私は、母が再び自宅に戻る日の為に、中断していたリフォームを再始動した。
相談相手も無く、全て一人で考え、調べ、交渉する。
それは大変ではあったけれど、その最中は、ただその事だけに集中すれば良かった。
哀しみも苦しみも置き去りにして。

業者を決め、リフォームの詳細を決め、渡されるカタログから部品や製品を選ぶ。日程を調整し、工事開始日と終了予定日を決める。
リフォームに関わる室内外の荷物の片付けと、庭木などの整理。テラス設置場所の庭木の撤去を業者が出来ないと言うので、年末、私が自分で撤去した。作業着と防寒着を着て、ノコギリで切ってスコップで根を撤去した。

リフォーム中は、極力、作業を見守り、時には簡単な手伝いもし、1日に2回のお茶とお菓子を出した。作業を見守った理由は、目を離した間に手抜き工事をされては困るからだ。正解だったと思う。
新築後十年ちょっとの住宅だったが、台所のリフォームでシンクを撤去したところ、間違って開けられた穴が、塞がれないまま残っていた。同じようなことがあっては困る。

私が片時も目を離さないとも言えるくらいだったので、工事担当者はやりにくかったかもしれないが、お茶やコーヒーやお菓子は存分に出し、親しく会話もし、大工さんや壁紙屋さんや左官屋さん達の技術は惚れ惚れするほど素晴らしく、私が感嘆の声をあげると、とても喜んでくれた。
だから、細かいところも注文することが出来、一生懸命に私の注文に応えてくれた。

毎日のリフォーム作業後、掃除はするけれど、室内は埃っぽく、私がもう少し年をとっていたら、見積もりや計画や荷物整理ももちろん大変だったけれど、埃にまみれた生活と、作業中の騒音に、きっと耐えられなかったと思う。今なら、もう耐えられない。

リフォームに当たっては、工事車両や騒音など隣近所に迷惑をかけるので、事前に挨拶に行ったが、
「お母さんの為にそこまでしなくても、あと何年かも分からないのに」と、心無い言葉も聞いた。
「私自身も、やがて年をとりますから」と答えた。
リフォームには大いに満足している。大変だったけれど、して良かった。
ただ、思うのだ。もう少し早く、母が介護状態になる前にしておけば良かったと。

浴室のリフォームは、当初は浴室暖房乾燥機能の物に取り替えるつもりだった。
ところが、介護するのにふさわしいものが無かった。
手すりは洗い場と浴槽の前で連続しておらず、手をいったん放して持ち替えなければならない。浴槽に入る為に一度腰かけた状態で足を入れられるようにしたかったが、台があっても、腰かける過重には対応していないという。湯船は、持ち手が2つから1つに減っていた。
わざわざリフォームする利点が何も無かった。
大工さんが教えてくれた。寒さ対策なら、二重窓にするのが一番だと。
うちの硝子窓は断熱ペアグラスだったので、浴室も当然そうだろうと思っていたら、浴室の窓ガラスは違うという。
私は、半信半疑な面もあったが、大工さんの進言に従って二重窓にした。他はそのまま。

嬉しい驚き!
浴室は、大工さんの言葉通り、段違いに暖かくなった。二重窓の間の空気の層が、外の冷たい北風から守ってくれた。二重窓の内窓を開けると、外側の窓は閉まっているのに、冷蔵庫のように冷たかった。
ああ、お母さんがいる間に、二重窓にしておけば……。

母は、退院後、病院の隣の介護老人保健施設に入り、何度か自宅に連れ帰ったけれど、とても私が一人で入浴介助できる状態ではなく、だから、温かくなった浴室を、母は知らない。

リフォーム後、冬に入浴するたびに、私の胸を小さく刺す棘。
お母さんを、この温かくなったお風呂に入れてあげたかった。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://hare-tuki.asablo.jp/blog/2020/12/26/9330750/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。