久しぶりの青空と超強風2021/04/05

モッコウバラ、散り桜、紫蘭、石楠花
降り続いた雨が上がり、今朝は漸くの青空。

モッコウバラの黄色が青空に映えますが、数日前は蕾の方が多かったのに一気に満開となり、強風で黄色い花吹雪となってどんどん散っていきます。

公園の桜も、青空に映える桜の写真を撮りたかったのに、1日ですっかり散って無残な姿になっていました。

紫蘭も一気に庭のあちこちで零れるほど咲きました。

石楠花は、一昨年の台風で根こそぎ持って行かれそうになり、どうにか枯れずに生き残ってくれたけれど、また以前のように溢れるほどの花が咲く日がくるか心配です。

ほぼ毎日のように花の写真を撮っていた私の記録によると、2月19日の梅にメジロの写真を最後に青空は無く、晴れていても空が白かったので、実に44日ぶりの青空となりました。

春は、晴れても霞が掛かったり、薄い雲が広がっていたり、特に今年は黄砂も酷くて、ずっと青空が見られなかったのですが、まさか44日ぶりだとは。

暖かな日が数日続いていたけれど今朝は少し冷えて、暫くは寒暖差の大きい日が続きそうです。

黄砂の雨と、たんぽぽ2021/04/04

庭と公園のたんぽぽ
金曜日の歯科受診の後、写真を編集したりブログなどを書いたりしていたら、すっかり疲れて短編の続きには取り掛かれませんでした。
左の瞼が激しくピクピクして、疲れているのかなあ、早く寝ようと思ったのに、いざ寝ようとすると寝付けずに、土用の朝、目が覚めて着替えてから和室でTVの天気情報を見て階下に下り、仏壇にお茶とお水は上げたけれど、いつもは起きて最初のコップ1杯の水も飲まず、お湯も沸かさず、朝食も食べず、ニュースなど見ようと居間のTVをつけてソファーに横になったら、そのまま昼過ぎまで寝てしまって、おかしな夢ばかり見ていました。

朝起きてすぐに見た全国ネットの天気情報は、「福岡と北海道に雨マークがありますが、雨は夕方からなので、全国的に広く晴れてお出かけ日和になるでしょう」って、私の住む地域は昨夜からの雨がまだ激しく降っていたんですけど。

全国ネットの情報番組で「明日はよく晴れて洗濯日和ですよ」とお天気キャスターが言うのではデータ放送で確認すると、私の住む地方は土砂降りマークなんて事は多くて、せめて「首都圏では」と前置きしてくれれば勘違いもしないで済むのにな。

雨で空が暗く、低気圧のせいか私の気分もどんより。昼過ぎにようやくソファーから起き上がったけれど、食欲は全く無くて、それでも、悲しいかな人間は水分と食料を適度に摂取しないと生きていけない。
アルカリイオン水を汲んで飲んで、舞茸と新玉ねぎとカボチャと豆腐とワカメという具沢山味噌汁を、丼サイズのお椀で電子レンジで作り、買い置きの苺を5粒。満腹になってしまって、ご飯と塩鮭は半分しか食べられず。

時間は超狂っているけれど、食事内容は栄養素の素食です。

今朝は雨の止み間に庭に出て、雨水を貯めたバケツの整理など。
黄砂混じりで濁った雨水。使えなさそう。
3年ほど前にリフォームした庭では、いつの間にか砂利の中にたんぽぽが咲くようになり、嬉しくてそのままにしていたら庭の半分くらいまで増えました。

綿毛で丸くなった瞬間を写真に撮りたいと思うのですが、風が強いこの季節は、風で飛ばされて半欠けになったり、すぐに丸坊主になってしまって、なかなかベストな瞬間に出会えずにいました。

数日前の朝、黄砂降る曇り空の下、完全無欠な丸い綿毛があったので、朝食の準備も後回しに写真を撮ったのですが、庭が白い砂利の為に綿毛が映えず、青い画用紙を背景に当てて撮りました。

住宅地内の公園の桜の木の下にもあるのに気付き、草の中で綿毛が白く目立つので、そちらも撮りました。

たんぽぽは、漢字で蒲公英と書いたり、カタカナでタンポポと書くより、平仮名が似合う気がします。

ちなみに、私は幼稚園の頃、たんぽぽ組でした。
他の組は、椿組、桜組、菫組で、たんぽぽ組だけ地味だと思ったものです。
名札がそれぞれ赤、ピンク、紫、黄色だったのですが、黄色い名札なら向日葵でも良かったんじゃないかと思うのですが。

今日も雨で眠いけれど、花はどれも生命に輝いて美しいです。

まったり春のお花でもどうぞ2021/04/02

公園の桜
今日は口腔ケアで歯科受診でした。
前回をうっかりすっぽかしてしまったので2か月ぶり。

歯科は同じ住宅地内にあり、住宅地内の公園の向こうにあるので、デジカメを持って行き、帰りに写真を撮りました。
残念ながら空模様は曇りで、じきに雨が降りそうですが。
ついでに自宅の庭のお花も。

公園の桜は住宅地が作られた時に苗木が植えられたのですが、すっかり大木になりました。
草刈以外の管理者が居ないせいか、満開でもイマイチ花の数が少ないです。

桜の花の中心が赤っぽいものと黄緑色っぽい物の差は、黄緑色っぽいのが咲き始めで、赤っぽいのは散る間際だそうです。
数日前にローカルニュース気象予報士から聞いたトリビアでした。

桜以外のお花は、またの機会に。

移住者への呼びかけが疑問でした2021/03/09

庭の椿。2012年にほぼ枯れていたのを剪定して植替え、9年目にして復活の開花です。
私が文章や絵を書くことは今までも紹介してきましたが、
この趣味と言うか特技というかを、収入に繋げられれば……

私は無職で、障碍者雇用・生活支援センターでも心無い対応をされてしまって、
その後のコロナ禍で就職を諦めていたけれど、先週ふと思ったのです。

地域のフリーペーパーで、ライターとかイラストレーターとして
非正規でもいいから採用してもらえる見込みは無いかなあ。

それで、ネットで調べてみたんです。

地域のフリーペーパーはいくつかあるので、会社やバックナンバーとか色々見ていたら、結局、非正規でも無理だと分かったのですが、
とても気になる記事を目にしてしまったのです。

「県内には大きく2種類の方言があります。方言を使うと親しみを持たれる一方で、方言を使わない人に対しては、『上から目線』と受け取られがちです。県外からの移住者の皆さんは気を付けたいですね」

私は、物凄く違和感を持ちました。

呼び掛けるべきは、
「県外移住者の皆さんも方言を使おう」ではなく、
県民に対して、
「方言を使わない人に対する偏見はやめましょう」
であるべきじゃないですか?
そう思いませんか?


私は方言を喋れません。
耳で聞いたり文字で読むのは分かるけれど、
自分で文章に書くことも出来るけれど、
自分で喋ることはできません。

苦い思い出があります。

小学校の頃、クラスの女子は自分の事を「うち」と言っていたし、
私の母親もそうでした。

けれど、私は「わたし」と言っていたし、
他の方言も一切喋らなかったので、気取っていると思われていたのです。

なぜ方言を喋らないのか、自分でも分からなかったけれど、
当時の私の分析では、
周囲の人達との会話というよりも、テレビや本で言葉を知ったからではないかと思っていました。

成人して社会人として働くようになっても、方言を使わない事で、
わざと共通語を話して自分を良く見せようとしているみたいに思われていたようです。
特に、私はタメ口も使えずに、誰に対しても丁寧語だったから。


自閉症スペクトラム障害と診断されてから、
色々と調べる中で知ったのは、
自閉症の場合に方言を喋らない事は広く知られている、ということ。

私が幼い頃から方言を喋らずに共通語の丁寧語だったのは、
私が自閉症スペクトラム障害だったからなのだと知ったのです。

人は皆、自分の物差しで相手を図ります。
自分と違うように感じるからと言って、相手を偏見の目で見るのはやめて欲しい。
そういう偏見を、県民性だと言って野放しにしないで欲しい。

多くの人は故郷を愛していますよね。
けれど、私は故郷を愛したくても愛せない。

幼い頃から孤独で、
ありのままを受け入れてもらえなかった私には、
故郷は無いも同然。

私の故郷になってくれる人も見つけられずにいます。

水仙咲いて雨が降る前に…2021/02/26

白房水仙と黄水仙とニホン水仙
昨日の朝、白房水仙が咲いているのに気付いて、雨が降り出す前に大急ぎで写真を撮りました。

ニホン水仙は1月初めから咲いていて、もう殆ど終わり。

黄色の水仙はまだ蕾。
膨らんだ蕾がとっても重そうで可愛い。

5,6年前、金柑の木とブロック仕切の間に、純白の水仙が2株ひっそりと咲いているのに気付き、目立たない場所だったので玄関近くに植え替え、後に、白房水仙という名前らしいと知りました。

ニホン水仙と、黄色の口紅水仙は、実家が引っ越しをした際に、私が引っ越し前の家の庭から掘り取ってプランターに入れて持ち帰った(元の実家は道路ができるために潰される運命だった)のですが、白房水仙は実家でも見たことがなかったし、どこから来た水仙なのか謎です。

出生は謎ですが、とても綺麗。
増やしたいけれど、他の水仙はバンバン増えるのに、まだ2株のまま増えてくれません。

梅の花にメジロちゃん💗2021/02/13

梅の花の蜜を吸いに来るメジロちゃん
ずいぶん長くお休みしてました。

年末から鬱になり(二次障害の双極性障害で)、1ヶ月ほど無気力が続いて、小説の執筆もぱたりと止まってしまったくらいで。
好酸球性副鼻腔炎が悪化して、喘息の発作も出て。

そんな中で、久しぶりの明るいニュース🥰

節分の日に庭の梅が一輪咲き、数日後に花数が増えると、メジロが蜜を吸いに来るようになり、超かわいい💗 

毎朝10時頃に来るようですが、花から花へとちょこまか飛び移り、カメラを構えても上手く撮れません。蜜柑🍊でも刺しておくと、少しはじっとしていてくれて良いのは分かっているのですがね。

昨日の朝、鳴声に気付いて慌ててガラス窓越しにデジカメの望遠で撮影。
次はもっとうまく撮りたいな。

ヒヨドリが来るとメジロは逃げてしまいます。
甘い金柑を狙って金柑の木に被せたネットに侵入しては出られなくなって大騒ぎするヒヨ。
仕方なくネットを開けて出してやろうとするのに、バタバタと上へ上へと逃げるので出られない。下の隙間から入ったくせに、おバカです。

ヒヨ君、メジロちゃんを脅かさないでね。

今朝は、雨でメジロは来なかったけれど、雨を物ともせずにヒヨドリは梅の花に飛んできて、騒ぐ鳴声に窓を開けたら逃げていきました。

マダガスカルジャスミンと連日の憂鬱な雨2020/07/11

マダガスカルジャスミン 2020年7月11日撮影
7月2日以降ずっと雨が続いている。

私は月を見るのが好きなのに、6月以降で月が見られたのは、6月6~9日、28日、7月1日の6日間のみ。梅雨とは言え、雨多すぎ。お月様、見たい。

雨の止み間にミニ農園の収穫や写真撮影をしていると、すぐにまた雨が降ってきて濡れてしまう。今日も雨の止み間に庭に出て、紫陽花もすっかり色あせてきたから早く剪定したいなあと思いながら写真を撮っていたら、すぐにまた雨が……(T_T)

カメラに雨は大敵。昨年スマホデビューして、それは防水だけれど、デジカメの方が場面に応じて綺麗に撮れるから。私がスマホに慣れていないだけかも。

慌てて玄関先に戻ったら、マダガスカルジャスミンが美しい白い花を咲かせていた。

このマダガスカルジャスミン、10年以上前の退職祝いで、数種類の鉢植えがセットされたカゴをもらったうちの1つで、鉢増し植替え差し芽をしながら大事に室内の窓辺で育てていたけれど、4年程前にカーテンを全て紫外線カット率80%以上のUVカーテンに変えたら、花が咲かなくなり、テラスと玄関の間なら屋根も大きくて霜も当たらないと思い、地植えにした。
以来、夏にはパッションフルーツのグリーンカーテンの一部に伸びて、沢山の花を咲かせてくれる。私的には、パッションフルーツより好き。
もちろん、パッションフルーツも好きなんだけれど。

最近、ブログを書くとどうしても長くなってしまい、ほぼ徹夜が続いてしまって、すっかり体調を崩して買い物にも行けない状態になってしまった。
なので、今日は簡単に。

物事に集中してしまって途中で止められないのは、自閉症スペクトラム障害にはありがちらしいけれど、なんとか管理できるようにならなければ。
私の数々の止められないエピソードについては、またの機会に。
それではm(__)m

大雨と、無職と、明日くれピアス!(^^)!2020/07/11

アスクレピアス・クラサヴィカ(Asclepias curassavica)
前線と低気圧の影響で記録的な豪雨が続いている九州。
わずか1週間で平年の年間降水量の半分にも迫っている所もあるらしい。被害も日々拡大していて、コロナ禍のためにボランティアを広範囲に募ることも出来ず、被災者の方々が大変な苦労されていると思うと、自宅でのんびりしている自分が申し訳ない。

私の住む地域も、気象情報では豪雨が予想されていたのだけれど、幸運にも雨雲がそれることが多く、時折は土砂降りとなるが、止み間もけっこうある。
父が亡くなって実家に戻ってから、父の残した多数の植栽の手入れをしなくてはならなくなり、ついでにミニトマトや青ジソ、オカワカメなどの野菜や、数種類の柑橘類、癒しを与えてくれる花やハーブなど植えているのだが、こう雨ばかりだと、ちょっとくらいの止み間があっても、庭仕事をするのは難しい。

実家に戻ったと書いたけれど、厳密には戻ったというのは少し違う。私の両親は、私が生まれて以降でも6回転居していて、私が高校卒業後に自宅を離れた以降でも2回転居しているので、地域に知り合いもおらず、自治会活動には参加しているが友人が出来るわけでもなく、近所の人と挨拶くらいの会話はするけれど、話し相手もいない。
パワハラや過重労度に耐えきれずに退職し、その後数年は臨時の仕事をしたけれど、母の介護のために更新はせず、その後は、介護以外の社会との接点を失ってしまい、さらにコロナ禍も影響して、障碍者雇用枠も困難な状況。
なので部屋でパソコンに向かうくらいしか出来ない。

パソコンに向かえるだけマシになったのだ。
5月までは、パソコンに向かうことさえ出来なかった。気分が良い時には、夕方に庭に出て庭の手入れをすることもあったが、体は動かせても頭は働けていなかった。考える事を拒否していたかもしれない。
日中に外に出られないので、TVを見ていると、「お家にいよう、会えないときも、家族と電話で話そう」と呼び掛けられる。「距離を取ろう、みんな誰かの大切な人」そして、離れた家族がスマホのTV電話やパソコンのリモートで、幸せそうに会話する映像が流れる。
私は、自分が孤独であることを、何度も何度も思い知らされ、自然に涙がこぼれた。
頭が痛くてお腹が痛くて体がだるくて、息をするのも苦しかった。

そんな私を救ってくれるきっかけになったのは、メールアドレス変更の連絡を他県に住む友人に送ったことだった。
昨年に漸くスマホデビューしたのだが、迷惑メール対策を「強」にしていたにもかかわらず、迷惑メールに悩まされていた。メールアドレスを変えるしかなく、連絡が取れなくなると困る友人にそのことをメールしたのだ。
安否確認と用件のみの簡単なメールだったのだが、友人が長めの返信をくれたので、私もまた返した。ただそれだけのこと。顔を見たわけでも声を聞いたわけでもない。
その翌日、1ヶ月以上も続いていた体調不良が消えていた。
私は気づいた。顔が見えなくても、声が聴けなくても、たとえ文字だけでも、確かに「繋がり」なのだと。

私はブログを始めようと決め、「みんなの趣味の園芸」への写真や記録の投稿を6年ぶりくらいに再開した。
「みんなの趣味の園芸」には園芸相談のコーナーが新設されていて、質問をすると全国の園芸好きから答えが返ってくる。
私は、まだハーブが種でしか手に入らなかった30余年前からハーブ栽培を始め、薔薇や観葉植物をアパートで育て、実家の庭の植栽の手入れのために否が応でも調べて実践するしかなったので、多少の知識と経験があり、答えを投稿できることもあった。すると、またそれに対してコメントを貰うこともあり、ある意味エキサイティングな体験だった。

私も質問をしてみることにした。
「丁度この時期咲いている写真の植物の名前を教えてください。
かなり以前から、いつの間にか庭のあちこちで勝手に咲くようになった花で、雑草かと思いましたが、オレンジ色の丸い蕾に黄色い花が可愛く、花の後は綿毛のある大きめの種ができるので、うちの庭にも風で種が飛んできたのだろうと思います。
何年か前、訪問先でTVを見ていたらBSプレミアム「植物男子ベランダー」で、主人公と園芸仲間の二人で難しい花の名前をどれだけ知っているか競う場面で出てきたのですが、失念してしまい、ネットで検索しましたが分かりません。
ご存じの方がおられましたが、どうぞよろしくお願い致します。」

すると、驚くことに僅か6分後から回答があった。
「アスクレピアスですかね」
「キョウチクトウ科のトウワタですよ」
「アスクレピアスですね」
「アスクレピアス(トウワタ)ですね」

実は、私には読み書き障害もあり、カタカナ、数字、アルファベッドが苦手で、音符も5歳から音楽教育を受けたのにドレミと下から数えないと読めない。英語のスペルには苦労したし、漢字に変換できないカタカナ名も覚えにくい。
夾竹桃は知っているし、唐綿も覚えられるけれど、「アスクレピアス」はなかなか覚えられない。

「アスクレピアス」を検索すると、「アスクレピアス・クラサヴィカ(Asclepias curassavica)」と「アスクレピアス・ツベロサ(Asclepias tuberosa)」があり、うちの庭にあるのは前者だった。

なんとか覚えたい……と思っていたら、閃いた!(^^)!
「明日くれピアス(耳飾り) 倉錆か」
おう!これならバッチリ。小さい蕾や花はピアスにも見えるし、倉は錆びたら困る。

それにしても、こう雨続きだと、心まで錆びてしまいそうだ。

アメリカツキミソウ2020/06/10

アメリカツキミソウ(昼咲き月見草) よく見ると、蟻が花粉を運ぼうとしています。
月見草というと、黄色い花を思い浮かべる方もいるでしょう。
文学作品などでは、黄色い花の待宵草や大待宵草が月見草と呼ばれることも多いようで、実は私も、かつて住んでいた庭付きアパートに雑草化して群れ咲き、一株持ち帰って自宅に植えたピンク色の花がツキミソウだとは、昨年まで知りませんでした。
北米~南米原産で、昼咲き月見草とも呼ばれるようです。

アメリカツキミソウは本当に生命力が強いです。抜いても抜いても生えてくるし、昼咲く花の中には夜にはしぼんでしまうものも多い中、夜にも咲いています。

私は弱いのです。けれど、よく勘違いされるのです。
子供の頃から、たびたび仲間外れやいじめにあいました。ひとりで過ごすのは平気だけれど、みんながいる中での仲間外れやいじめは、悲しくて辛くて、私の何がいけないのだろうと、自分を責めました。誰にも言えず、平静を装っていました。それ以外に何ができたでしょう。

ずっと昔のうら若いころ、好きな人に告白しました。
「(月)さんは一人でも生きていける強い人だから、僕がいなくても大丈夫だから」と断られました。
そっか……貴方は弱々しくて男性に寄りかかって生きる女性が好きなのね。貴方には私がタフに見えるのね。心の中でそう思い、悲しく悲しくなりました。

私は、自分が他の人とは違っていたなんて、ずっと知らずに大人になりました。他の人も私と同じように見えたり聞こえたり匂ったり感じたりしているんだとばかり思っていました。だから、私だけが我慢できないほどに辛いと感じてしまうのは、私の心が狭いからだと思っていました。そんな風に思いながら毎日を送るのは、とても苦しいことでした。

十数年前から、もしかしたら自分は他の人と違っているのかもしれないと、少しずつ分かってきました。それはだんだんと確信へと変わっていき、今更と思い悩みましたが、客観的な判断を仰ぐことにしました。
診断名は高機能自閉症。ASDと呼ばれる発達障害です。
VIQ:132、PIQ:120、FIQ:124と高水準ながら、下位項目にはばらつきがあり、AQ:36点とのこと。
知的障害が無く、苦手分野を知識と経験と文明の利器で補うため、傍目には障害があるとは思われません。
それでも、息をするのさえも辛い日があります。

雑草のように丈夫に見えるアメリカツキミソウ。
けれど、もしかしたら、見えない土の下で必死に根を張り巡らして、懸命に生きようとしているだけかもしれません。私がまさにそうしてきたように。
命はみな、生きるためには生まれた場所で闘うしかないのです。
それに、雑草だってみんな個性と名前をもっているんですよね。

人は本当は誰でも弱い。強そうに見えても、それは頑張っているから。
だから、誰にでも優しくありたいと思うのです。
生まれる前の胎児の頃から、いくつもの不運を背負ってしまった私だから、哀しみを知っているから、健康を害して仕事を辞め今は話し相手もいないけれど、傷つき疲れた人を、密やかな月の光のように優しく包めたらと願うのです。