絶望の淵、諦めの先に2020/12/25

随分大げさなタイトルだと思ったかもしれない。
けれど、決して大げさではないのだ。

私が、生まれた時から既に様々な困難に合い、多くの障害と病気を持っていることは、前の記事で書いた。
ただ、おそらくは、多くの人が?????と思うだろう。
その辛さ、苦しみはほとんど理解されない。
「命に関わるわけでもなし、大した事じゃないやん。もっと大変な人一杯居るよ」って思われそう。
だから、私も、誰にも言えない。

以前の記事にも書いた通り、障害者就業・生活支援センターでも、冷たく扱われた。
市役所の障害福祉課では、ヘルプマークを渡されただけだった。
専門知識があり、支援する立場にある職員でさえそうなのに、隣近所や職場やごく一般的な人達が理解するのは難しいだろう。

実の姉も、大した事とは思っていないらしく、詳しい事を聞こうとはしない。3ヶ月前にヘルプを送った姉からは、もう2ヶ月半連絡がない。仕方がない。姉はコロナ禍で仕事や家族を守るのに精一杯だ。
私は、姉が心に寄り添ってくれることを諦めた。

半年前にヘルプした親友。優しい人だけれど、彼女もあまり理解しない。
「心無い返信をしてしまってゴメンね、過去にも同じ失敗で多くの友人を失った」という彼女に、
私は「大丈夫。貴方は優しい人。一人じゃないよ」と返した。
私は、自分の本心を打ち明けることを諦めた。
差しさわりの無い日常のみの遣り取り。
それでいい。彼女が私の苦しみを理解できなくても、私を気に掛けてくれていることは本当だから。

NHKの発達障害に関する番組やサイトでは、ある発達障害者の
「助けを求める資質も必要」といった内容も紹介されていた。
それは、救いの手が差し伸べられたから言えること。
私は何度も助けを求めたけれど、どこにも届かなかった。
地域包括支援センターも、障害者就業・生活支援センターも、市役所障害福祉課も、助けてはくれない。
自閉症スペクトラム障害と言っても、IQが高いゆえに、自立に問題ないと思われる。
私のHELPの求め方が悪かった?
諦めずにHELPし続けろ?
もう無理。これ以上、傷付きたくはない。

TVでは「おうちで家族と過ごそう」というけれど、一緒に過ごす家族はいない。
「離れていても電話で話そう」と言うけれど、私は親友に電話をして辛い思いをしたから、もう自分の都合で電話はできない。

まだ仕事をしていた頃、別の親友の声が聞きたくなり、何時頃なら忙しくないだろうかと考え、夜8時頃に電話した。
「(月)だけど、今電話大丈夫?」と聞いた。
「なんで、この忙しい時に電話なんかしてくるの!」
親友はいきなり怒鳴った。
「忙しいならいいよ。ごめんね」
私は電話を切って泣いた。
忙しいかもしれないから「大丈夫?」って聞いたのに。
忙しいなら「ごめん、今忙しいから、〇〇時頃に電話してくれる?」って言ってくれればよかったのに。
きっと、親友は、そんな余裕がないほどに、何かに気を取られていたのだろうと自分を慰めた。数日後には、「あの時はごめんね」と電話があるかもしれないと。
とうとう彼女からの電話はなかった。
年賀状は欠かさず送っていたけれど、返信はあったり無かったり。
それくらいの事?と思う人もいるかもしれない。
けれど、異常な記憶力がある私は、様々なことがいつでも脳内でフラッシュバックする。
同じ思いは二度としたくない。

多くの事は、やがて時間が解決すると、よく言われる。
過去の記憶が決して薄れることの無い私の場合は、時間の経過は解決にならない。
相手は忘れていくけれど、私の中では鮮明なまま。
執念深いと勘違いされるかもしれないけれど、私自身も、そうなのかと苦しんだけれど、そうではなかった。

信じられないかもしれないが、私は、被災者でもないのに、東日本大震災の津波の映像がフラッシュバックする。
熊本の豪雨で家を失った方々のニュースを見るたび、辛くなって胸が痛くて涙がにじみ、鼻をかむ。
ちびまる子ちゃんでさえ、私は何度も泣いている。
一人暮らしの私は、TVも一人で見ているから、誰かに涙もろいと思われたくて泣くわけではない。

自らの行動で、心が痛くて苦しくなることを招きたくはない。

見た目には全く分からない障害。
私の障害や病気は、直接的に命の危険に関わらないし、感覚過敏で日常生活にどのような困難があるかなんて、誰も聞こうとはしない。
全ての感覚が超過敏であっても、感覚は目に見えないから、本人の気にし過ぎ、我慢が足りない、そんなの大なり小なり誰だって感じる……と思われるだろう。
私自身が、そう思って我慢してきたのだから。

感覚過敏によってどんなに日常生活が困難となるか、該当者以外は誰も想像だにしないだろう。
ましてや、私は、全ての感覚が過敏なので、そういう人は多くはないかもしれない。

自分でできる対策はする。例えば、TV画面は調整して一番暗くするとか、パソコンは専用眼鏡を使うとか、部屋の明かりは暗くするとか、TV視聴は字幕にするとか、外出時は耳栓をするとか……。
だけど、自分ではどうしようもない事のほうが多い。

食料品の買い出しに近所のスーパーに行っただけで、頭のクラクラと吐き気に襲われる。クリスマスや年末で店内放送も慌ただしく大音量となり、しかも暖房など入っていたら、もう地獄の苦しみ。
極力、車の運転は避ける。右折しようとして、信号無視の直進車にぶつけられそうになった恐怖と、病院からの帰りに事故車の隣を徐行しなければならなかった恐怖。
もう一つ、病院からの帰りのスーパーの駐車場で、私が駐車スペースにバックした途端に右側の車のドアが開き、左側には急に車が入ってきて、体調が悪かった上に前庭覚障害のある私は、目が回って車を真っ直ぐに止められず、少し斜めになったが駐車スペース内には収まっていた。
車から降りた途端、左側の車から降りた中年女性に言われた。
「もっとちゃんと駐車したら!」
その女性は、ピンク色の制服の左胸に「アイコデイサービス」と青い刺繍がしてあった。
以来、私はそのスーパーに車で行けなくなった。

長距離の自動車運転は、信号無視の車にぶつけられそうになった恐怖や事故車の隣を徐行しなければならなかった恐怖で、もう出来ない。
駐車場も怖い。
公共の交通機関も怖い。
長距離の移動ができないし、付き添ってくれる人もいない。
映画にも行けない。
交通手段の問題だけではなく、映画そのもののフラッシュや点滅、急速度のカメラワークなどで頭痛と吐き気がするからだ。
自宅では、TVを消して目を閉じて休めば良いけれど、一人の外出先ではどうしようもない。
だから、引きこもるしかない。

コロナ禍で、ステイホームを呼び掛けられるから、家から出なくても、周囲の目を気にする必要は無いけれど、何処に行くにも何をするにも一人で、障害や病気による日常の困難も理解されず、一人で抱えるしかない孤独。

私は、決して自ら引きこもった訳ではなく、若い頃からボランティアや地域活動を始め、色々な団体に所属して活動したり講習を受けたり資格を取ったりした。
けれど、詳しい話はここでは書かないけれど、朱に交わっても赤くなれない私の孤独は、癒されるどころか、弥《いや》増すばかりだった。

私の障害や病気は、直接命の危機には至らないけれど、孤独こそは死に至る病であるとは、誰も考えないだろう。
私は子供の頃から何度も絶望の淵に立った。
小学4年生の頃、既に友人関係に絶望した。仲が良く、親友と公言する同士が、陰では互いの悪口を言っているのを見聞きして、誰も信用できないと思い、遠くに行ってしまいたかった。
虐められ、仲間外れにされ、担任からさえ耳を傾けてはもらえず、親友と思っていた相手に裏切られ、職場では体調不良をサボリや怠慢と思われてパワハラ被害に合い、恋した人は、自分から超アピールしてきたくせに、私が辛くて弱音を吐くと離れていった。

私は、この世界に絶望しかない。
けれど、死を選んでも解決しない。
だから、私は、自分ではどうすることもできない事を全て諦めることにした。
もう子供を産んで母親になることができないと分かった時の哀しみ。
それを諦める事でしか、前には進めなかった。
公的機関の支援も諦めた。
再就職も諦めた。
異性に理解されることも諦めた。
姉の寄り添いも諦めた。
親友に理解されることも諦めた。

絶望の淵の、諦めの先に、ただ一つあるのが、こうして書くこと。

幸いなことに、コロナ禍にあっても、私には住む家があり、質素に暮らしてきたから仕事をしていた頃の貯えにより買い物もできる。

小説投稿サイトへの投稿は、世間で主流のライトノベルとは逆行した小説なので、PVは増えないけれど、読んでくれる読者がいれば、それで心の支えとなる。

絶望の淵から、全てを諦め、ただ一つ残った、現実ではない世界を描くこと。
収入にはならないけれど、今できることは、ただそれだけ。
だから、私は全力を傾ける。

長文を読んでくださって、ありがとうございます。m(_ _)m

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