新年おめでとうございます2021/01/01

新年おめでとうございます
コロナ禍だし、あまりおめでたくはないと言う方もおられるかもですね。
私自身も全然おめでたくはないけれど、地球が無事に新年を迎えられたことに感謝を。

変異ウイルスの猛威もあり、感染拡大に歯止めがかかりませんね。医療従事者の皆様の捨て身の努力により何とか持ちこたえられていることに、心からの敬意を。

ワクチンも次々に承認を受けて、日本でも2月から接種が始まるとか。
特異体質の私はワクチン接種は無理ですが、
ワクチンの効果で一日も早く今の状況が改善され、世界中の人達が、安心して楽しい日常に戻れますように。

私の母は要介護5となって自宅介護が不可能となり、令和元年11月半ばにグループホームに入りました。
その後、インフルエンザ予防の為に面会ができなくなり、次には新型コロナウイルスで面会禁止となり、もう1年以上母と会えていません。

世界が平和になりますよう、心からの祈りを。

そして、数年に一度の最強寒波が来襲中ですが、豪雪地帯の皆様、どうぞこの冬を無事でお過ごしください。
雪の無い地域でも、どうぞ寒波にお気を付けください。

穏やかで暖かな平和な春を待ち望んで。

漫画にしてくれないかなあ。2020/12/19

「創世神話(改)」を執筆するかたわら、昔の短編小説を無料小説投稿サイトに投稿しています。

「創世神話(改)」は、セルフリメイクだけれど、まだ全体の半分を過ぎたところなのに既に書籍版の文字数をこえているので、毎日執筆するのが大変。

そのかたわらで、昔の短編小説を3つのサイトに公開している訳ですが、「創世神話」よりも昔に書き始めた中編小説「貝の中の真珠のように」に、数日前、とても嬉しいコメントをいただきました。

とても美しくて絵になる小説だ、と。

実はこの「貝の中の真珠のように」という小説、思い入れが強すぎて、物語とは直接的には関係の無いエピソードもたくさん入っています。
人によっては、「ナニコレェ~」と引いてしまうのではと、心配していました。
そんなエピソードは削ればいいのに、と思いますよね。
ごもっとも。
でも、分かっていても削れない。

主人公の少年が憧れる年上女性の為人(ひととなり)や内面を書きたいという、無用の思い入れが強すぎて。
切なく美しい物語を書きたいという思い。
主人公の中学生も切ないけれど、その憧れの女性も、その届かない想いも、主人公の兄も、みんな切ない。
思い入ればかりが強い小説かも。


小説を書かれるほかの皆様がどうなのかは分かりませんが、私の場合、文字が頭に浮かぶこともあるけれど、
多くの場合は、映像として脳内で映画を見るような感じで浮かびます。(私が自閉症スペクトラム障害だから?)
それを漫画にできるとよいと思うのですが、残念ながら画力が足りません。
それに、漫画は、小説を書くよりも、時間も労力も費用も体力も遥かに多く必要ですよね。

かくして、頭の中の映像を必死で言葉に変換していく地道な作業をするわけで、
「貝の中の真珠のように」は、映像的表現が多いです。
自己満足に過ぎない小説ですが、
「美しく、絵になる小説」と評価して下さった方がおられて、本当にうれしい。

ちかごろは、プロでなくても本当に絵の達者な方が多いですよね。
昔は、プロの漫画家でも絵の上手な方ばかりではなかったけれど、
今は、本当にみんな美しくて魅力的な絵を描かれます。
憧れます。
どなたか、私の小説を原作にして、漫画を描いてくれないかなあ。
だけど、商業作品にはならないだろうから、無理でしょうねぇ。

もしよければ、下記をポチっとして、暇つぶしに読んでみて下さいね。

ノベルアップ+
https://novelup.plus/story/134988564

カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055218878005

ツギクル
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50414

ブログをお読みいただきありがとうございました。

短編小説に愛の手を(T_T)2020/12/18

髪を切ってさっぱりしたので、昔書いた短編小説の手直しもはかどって、無料小説投稿サイトに公開中です。

カクヨムの短編小説コンテストに応募中なのですが、PVがまったく増えません。
増えないどころか、2作品は1PVしかないし、もう一つも3PV。
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

どうぞ、お優しい方、ワンクリックでお助け下さい。
読者選考でランキングが下位だと、予選落ちで審査員に読んでもらえないらしいのです。
私は人付き合いが苦手で、SNS上にも友人がいないため、読んで評価してくれるように頼める人が一人もいません。
このままでは、予選落ち確実です。
どうか、皆様の温かい愛の手を!!!

「流星の奇跡」カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055219001472

「月光の糸」カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055221440130

「行列の街」カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/1177354055297218481


ちなみに、他サイトでも公開中。
コンテストはありませんが、思っていたより読んで頂けていて嬉しいです。

「流星の奇跡(darknight heartlight番外編)」

双子座流星群の夜に贈る愛と奇跡の物語。
2020年12月13日~14日は双子座流星群でした。
現在の日本とは少しだけ違っている日本のM市。カフェバーを訪れた紗夜《さや》は、双子の妹、摩夜《まや》を捨ててしまった自分を悔いていた。
もう今は居ない妹との悲しい思い出を語る紗夜に、ちょっと不思議なマスターが、カクテル「ホワイト・レディ」を差し出す。
「妹さんに、そして、あなたに」
その後に起こる奇跡の物語は……?

ノベルアップ+ 
https://novelup.plus/story/831634544

ツギクル 
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50411



「月光の糸」

切なくミステリアスな純愛ファンタジー。
心に傷を負い、通信制高校に通う都希斗《ときと》。
ある夜、電源の入らないスマートフォンに、届くはずのないメールが着信し……。
月の照らす夜にだけ、もう居ないはずの彼女とメールで繋がる壊れたスマートフォン。
彼女の声が聞きたい。会うことが出来ないとしても。都希斗の願いは叶うのか。

ノベルアップ+
https://novelup.plus/story/423070760

ツギクル
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50423


「行列の街」

あなたも行列に並びます?ナンセンス不条理劇?
ひょんなことから、ある行列に並ぶことになってしまった主人公は、優柔不断に笑ってごまかしながら、なんとかその場をしのいでいたが、あまりにも不可解なその行列は、一体何の行列なのか?

ノベルアップ+
https://novelup.plus/story/359869817

ツギクル
https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=50531


何卒よろしくお願い致します。m(_ _)m

髪を切りました2020/12/18

1週間ほど前、髪を切りました。

ヘアドネーションしようかなと、4月以降伸ばしていたのですが、小説を書いていると、つい神経質になって、自傷行為で抜いてしまいます。
髪を抜く自傷行為は、以前の記事にも書きましたが、大学1年生の頃からです。

なので、夜に入浴する前、思い切って、髪切り鋏で自分でバッサリ切りました。20cmちょっとくらい。
後ろ髪はバラバラだけど、どうせコロナ禍でほぼ外出しないので、別にいいや。
昔よく自分で髪を切っていた頃もあったけれど、去年までの10年間くらいは美容室に行っていたんですけどね。
元々出無精なんだけれど、コロナ感染も怖いし、外出自粛生活で、ますます外出がおっくうになりました。

母の髪を、母が施設に入ってもずっと私がカットしに行っていたので、自分の頭をテーブルの上にでも置けるなら、セミプロ並みの腕はあると思うのですが。


母は、7,8年前に、美容室に髪のカットに行ったら、顔の染みの事を美容師に言われて、それ以来、美容室に行くのが嫌になり、だから私が髪をカットしていたのです。

美容師は悪気は無かったのだろうけれど、うかつ過ぎですよね。
80歳になろうと、90歳になろうと、女性に顔の染みの事を言うなんて、傷付いて当たり前です。

「鼻の頭、それどうしたんですか?」って言われたそうです。

母は、鼻の頭にできた染みをとても気にしていたのです。
シミ取りクリームや染み隠しのコンシーラーを、私と買い物に行くたびに欲しがって、いくつも買ったのだけれど、すでに軽い認知症だった母は、買ってもほとんど使わなかったんですよ。
思い出すと、染みが気になって化粧品を買うけれど、家に帰ると、数日もせず忘れてしまう。
その繰り返し。



髪が短くなったら、軽くなったし、ゴムで結ぶ必要も無いので後れ毛も気にならないし、引っ張って抜くことも無くなりました。

執筆も順調です。
執筆活動の報告は、また別の記事で。

創世神話(改)連載10万文字突破2020/12/11

無料小説投稿サイトへの投稿を11月18日に始めたので、もうすぐ1か月。
連載作品を毎日投稿して、文字数116.141文字となりました。
応援のコメントなども頂けて、とても励みになっています。
現在、3つのサイトで連載しているので、読んでみていただけると嬉しいです。

内容はスペースファンタジーですが、文体は精緻です。
登場人物や物語には多くの謎が秘められ、少しずつ謎が明かされていくミステリーの要素も大きいです。
張り巡らされた伏線が、やがて繋がっていきます。

よろしくお願いいたします。m(_ _)m

ノベルアップ+  https://novelup.plus/story/220521264

カクヨム  https://kakuyomu.jp/works/1177354054944832112

ツギクル  https://www.tugikuru.jp/novel/content?id=49901


「創世神話(改)~遥かなる輪廻と転生の物語~」
序章
第1章 孤独な魂はさすらう
 1 月読祭の夜
 2 夢の中の唄
 3 謁見
 4 ストーレ・パラオ
 5 翡翠鳥の館
 6 エルディナの月
 7 涙の理由
 8 円形闘技場=COROSIAW

第2章 憧憬する心は呼びあう
 1 憂愁の貴公子
 2 千人街と夜想曲
 3 偽りの光の中で
 4 陽光の海
 5 狂科学者の洞窟
 6 公演前雨
 7 マナの力 ― 邂逅 ―
 8 激震

第3章 混沌の無意識は模索する 
 1 事象分析局 ― 失われた記憶 ―

…………以降も順次公開していきます。
よろしくお願いします。m(_ _)m

小節投稿はじめました。2020/11/24

創世神話(改)~遥かなる輪廻と転生の物語~
久しぶりに記事を書きます。
長くお休みしていた理由は、モチベーションを保てなくなったからでした。
記事更新すればランキングは上がるけれど、その他の反応は皆無だし、私のブログなんて無意味な気がして。

記事を書かなくなった初めの頃は、下書きはほぼ毎日書いていたのですが、気分が乗らずに記事更新はしませんでした。

それからしばらくは、パソコンも開かず。

体調もあまり良くはありませんでした。

1ヶ月ほどは奥歯の辺りも痛くて、でも、歯科を受診してレントゲンも撮ったけれど、どこも悪くないそうな。

好酸球性副鼻腔炎もちょっと良くないけれど、病院に行くほどではなく、どうせ薬が体に合わないので。

保健所から、特定検診の催促もあったけれど、新型コロナウイルスが心配。まあ、特定検診で感染した話は聞かないけれど、メタボの心配は無いし。

グループホームの母は、インフルエンザ予防接種の当日に嘔吐して、その日の接種は出来なかったけれど、翌日に無事接種できたと連絡がありました。

父の命日には、一人で墓参りに行ってきました。

庭木の手入れや鉢植えの植替えなど、仕事はたくさんあるけれど、とりあえず一番気になっていた門扉横の梅の木の剪定だけは、数日前、どうにか済ませました。

モチベーションを保てなくなったブログの代わりに、もう一度小説を書こうかなと思い立ったのは、10月も終わりの頃です。

小説を書かなかったのは、東日本大震災以降、ショックが大きく、自分自身が体験したわけでもないのにフラッシュバックするし、自分の書くものなんか無価値な嘘事に過ぎないと思えたからでした。
でも、もうそろそろ書けるかもしれないと。

実は震災の前、無料の電子出版サイトに登録して書いていた時期もあったのですが、介護が大変になって中断している間に、無料ではなくて有料になってしまって、しかも年間数万円と高額だったので退会していました。

その後、多くの無料小説投稿サイトが出来たのは知っていたのですが、若者を対象としたラノベ中心のようだったので、私などが書くものは対象にならないと思って、諦めていたのです。
けれど、実際にサイトを確認してみると、読んでもらえるかは別として、違和感はないかもしれないと思えました。色々な作品が投稿されているようだったので。

11月から始めたいと思っていたけれど、数日間では全然準備が間に合わず、11月半ば過ぎから始めました。
まだ最近です。

手始めには、書籍化したけれど納得のいく出来にならなかった「創世神話」。いまだにアマゾンでは定価の数倍で売られている。

一度書籍化しているのだから、手直しして投稿するのは簡単、と思っていたら、全然違いました。
出版前の原稿はデータがあるけれど、編集者から「手直しは校正の段階でいくらでも出来るから、とりあえずゲラ刷りの予定に間に合うように早く原稿を送るように」と言われたため、全然不完全な原稿のままのゲラ刷りとなり、校正は手書きで記入するので、以後の修正はパソコンのデータには入っていません。
書籍のページを繰りながら、膨大な修正箇所を入力していくうちに、それだけでは済まなくなって、目が痛くなるのを我慢しながら5日程かかって漸く書籍版+若干の手直しの入力が終わり、さあ、後は投稿しながら手直しを、というつもりでした。

ところが、読書もせず、創作もしなかった10年程の間に、私の想像力と文章力は、衰えるどころか、増していたようなのです。
このままの投稿なんてダメ!
文章悪すぎ、無駄多過ぎ、物語が飛んでて読者に分かりにくい、展開が月並み……

幸か不幸か、泉のごとく新たな想像力が!
結局、書籍化した時の比ではない大幅な修正と加筆をすることになりました。
おかげで、毎日寝不足です。
毎日1話ずつの投稿が精一杯なので、完結には後1月ほどかかる見込みです。現在の文章量は4万字弱。
よろしければ、以下のサイト、クリックしてください。

 https://novelup.plus/story/220521264

画像は、PRのために10年ぶりくらいに絵筆をもって描いた自作イラストをプラスした表紙です。
20年ぶりに取り出したアクリル絵の具は固まっていて、白と三原色の4色しか使えなかったけれど、どうにか描けました。時間が無くて、まだ未完成ですが、投稿に合わせて早くアップロードしたかったので。

イラストが描けるタブレットパソコンが欲しいです。

口腔ケアとインフルエンザ予防接種2020/10/08

しばらくブログを書けませんでした。
パソコンも数回しか開けませんでした。
9月30日にとても不安なことがあり、10月5日にも心配な事がありました。
どちらも母の介護に関することです。

話し相手もなくコロナ禍で他人と顔を合わせることも殆ど無い私は、不安と心配から負のスパイラルに陥って、どんどん深みにはまって、食欲も無くなり、食事を作って食べても、味覚はあるのに何を食べても味がしないような感じで、死なない程度に食べていました。
生きていても甲斐の無い毎日で、この先も何も変わらないだろうし、生きていたいとは思わないのだけれど、前にも書いたように、母の介護の責任もあるし、生前整理もまだ出来ないし、今はまだ生きていくしかないから。

9月30日は、母がお世話になっているグループホームで口腔ケアをお願いしているクリニックからの電話でしたが、活舌が悪くてサシスセソが聞き取れず、おまけに電話の向こうの背後で大声で喋ったり笑ったりしていて、何度も聞き返さなければなりませんでした。

母がグループホームに入所した時の、クリニックの契約書の内容に変更があるので署名捺印し直してほしいとのこと。
「今からご自宅に行きたいのですがいらっしゃいますか?」
そう聞かれたので
「後で買い物に行きたいと思っていますが、まだ暫くは家に居ます」
と答えたら
「うちのクリニックの場所は分かりますか?」
え?来てくれるんじゃなかったの?と思ったけれど、クリニックに行った事がないので分からないと答えると、道順を説明されました。
?????
まあいいや、コロナ禍だし、自宅に入れるより、私が行ったほうがコロナ対策出来る、と思って、夕方行くと伝えました。
睡眠時間的には足りているはずなのに、眠くて眠くて、車を運転できる状態ではなかったからです、

ボールペンと印鑑と朱肉をポーチに入れて準備し、ソファで少し寝てからクリニックに行ったのですが、行ってみたらビックリでした。
出て来た担当者はマスクをしておらず、手指の消毒も置かれていませんでした。
十数名が仕事をしている机に案内され、書類を広げて椅子を勧められました。おそらくは、その担当者の座席です。
「椅子はいりません。立ったままで大丈夫です」と答えました。
「書きにくくないですか?」
「いえ、慣れていますから」
それじゃあ、と、出入り口のカウンターに案内されて、そこで説明を始めたので、
「すみませんが、マスクを付けて貰えませんか?」とお願いしました。もちろん私はマスクしてましたよ。
「ああ、すみません。このままで仕事してたので、つい忘れてました」
え? いつもマスクせずに仕事してるの? 三密じゃないの? 迂闊すぎるでしょう。
さらに驚きは続きます。
母がグループホームに入ったのは昨年の10月半ば過ぎだったのですが、新しくなったという契約書は、既に昨年10月1日から使用されていた物だったのです。
「つまり、契約書の内容が変更されたのは、最近になってではなくて、私が契約書を書いた時から、間違って古い物を渡されていたということですか?」
「ドクターが変わったものですから、引継ぎが上手くいってなくて。日付も違っているので直して下さい」
え?????と思いました。
「これ私の字じゃないですよ。署名捺印だけして、日付はクリニックさんの方で後で記入すると言われたから、私は書いてないですよ」
「そうですか。令和2年10月30日になっているので令和1年に書き変えて下さい」
「これ、ホントに私の字じゃないですから」
私は不信感を抱かずにいられませんでした。
つまり、古い契約書に署名捺印させた上に、その事に気付かず、おそらくは年が明けて令和2年になってから日付を記入したから間違ったのだと思われるし、書類が古い形式であることにも1年近く気付いていなかった?!

持参したボールペンと印鑑と朱肉で署名捺印し、日付も令和1年で書いて、気を取り直して、母の口腔ケアについて最近の様子を聞きました。
「月に4回ほど行っていますが、しばらくはコロナで入室出来なかったので口腔ケアも中断していましたが、また再開して、中断していたわりには悪化も無くて良い状態です。泡が立つのがダメなので、泡の立たないジェルの歯ブラシに変えてます」
ん?ジェルの歯ブラシ?
「ジェルの歯ブラシじゃなくて、歯磨きでは?」
「あ、そうです。歯磨きです」
歯磨きの事なら、11か月前の入所後すぐにホームから了承を求められたから以前から知っていました。
「ドクターは、どのくらいの頻度で診て下さっているのですか?」
「月に1度は診ています。私がだいたい週4回で、ドクターもそのうち1回は同伴してますから」
あれっ?前の話と合わない。週4のうち1回はドクターが同伴してたら、ドクターは週1の月4になる。
「週4回ケアしてくださってるんですか? 月に4回ですよね?」
「ああ、そうです。週に2回の時もありますけど」
「ドクターは月に1回なんですね?」
「だいたいそうです」
気を取り直して、母の事をお願いしました。
「私が自宅で介護していた頃は、定期的に近所の歯科でケアしてもらっていたんです。でも、介護老人保健施設に入ってからはそれが出来なくなって、使っていた入れ歯も下の入れ歯が傷んで使えなくなって、施設では上の入れ歯だけ使っていて、上の入れ歯だけでは噛めないから使わないほうがいいって伝えたんですけど、施設ではずっと上の入れ歯だけ入れていたんです。認知症が進んで入れ歯を入れていることが分からなくなったりしていて、自宅に一時帰宅させた時にやっと上の入れ歯を外したら、食べかすが上あごに一杯付いていて、それ以来、もう入れ歯は施設に持たせずに、上だけの入れ歯は意味が無いし不衛生になるから、使わないで下さいって伝えて、本当はきちんと上下の入れ歯を入れてきちんと噛めたほうが認知症にも良いと思うんですが、認知症が進行して新しい入れ歯は作れなかったので、こちらのクリニックでは認知症のケアに慣れていて入れ歯も作れると聞いたので、今すぐには無理でも、どうぞその方向で宜しくお願いします」
「そうですか。普段は話を聞く機会もないので、色々聞けて良かったです。ドクターに伝えておきますね」
「契約時にお話ししてありますので、多分御存知と思いますが、意向は契約時と変わっていませんので、もし入れ歯を作れる状態に好転しましたら、どうぞ宜しくお願いします」

その後、クリニックの近くで買い物をさっと済ませてから帰宅して、ありあわせの食べ物でさっと夕食を準備して食べたけれど、クタクタになったし、色々な面で不安ばかりが残りました。
あんなに間違いだらけで大丈夫なの?
どこのクリニックもあんなものなの?
私が細かすぎるの?

それから10月5日です。
グループホームからの電話。
先月9日に、母の要介護認定更新書類に署名捺印するために来て欲しいと連絡があり、その時に、インフルエンザ予防接種について尋ねました。
ホームからは、今年の事はまだ分からないとの回答でしたが、母は毎年10月初めに予防接種していたし、今年は新型コロナウイルスのこともあって高齢者は10月1日から、それ以外の人は10月26日以降の接種が政府からも呼び掛けられているので、とても気になったからです。
22日に書類に署名捺印しに行った時に、今年の予診票はまだ無いとのことで、昨年の物と様式は同じはずだからと言われて記名したのですが、10月5日の電話は、インフルエンザ予防接種の日程が11月8日になったという報告でした。
「まだ1か月以上も先なんですか?」
理由の一つとして予診票がまだ届いていないと言うので、私は自分で市役所に問い合わせをしようと電話帳で調べるまでしていたのですが、電話をする前に、不在だった施設長から電話がありました。予診票は先ほど届いて、予防接種を担当してくれる病院から提示された日程が11月8日だったと。
「それでは、11月8日を提示された時に、もう少し早い日程は取れないのかという確認はされていないという事ですか?」
「はい、していません」
そうか、11月8日を遅いとは思って貰えなかったのだなと、私は残念に思いました。
リスクの高い高齢者が集団生活をする施設だから、1日でも2日でも早く予防接種をする必要があると思うのに。
それから色々なやり取りがあり、結局、日程は11月8日で変えられないとのことでした。
「色々失礼な事を申し上げたと思うのですが、市内の高齢者施設でもコロナのクラスターが発生しているし、インフルエンザ予防接種を受ける前に一人でもインフルエンザに罹ってしまったらと心配するあまりの事なので、どうかご容赦ください」
「いえいえ、施設のクラスターもあったし、ドクターの感染もありましたからね」

実は、入所の際の契約書に署名捺印する際にも、私は細かい部分を指摘し、この契約内容では署名捺印できないと伝えたことがあったのです。
膨大な量の契約書の文面をきちんと細部まで読む人は少ないかもしれません。私は隅々まで読んで、不明な点は質問しました。
私が問題視したのは、「心肺停止状態になった時の対応について、延命治療を希望するかしないかの選択肢を選ぶようになっていた箇所です。
「心肺停止といっても状況は色々ありますよね。回復の見込みが無いのに機械に繋いで悪戯に延命するのは本人に辛い思いをさせるだけだと思うので、私も望みませんが、例えばAEDで蘇生が可能なら、迷わず使って欲しいです。この選択肢には選べるものがありません。それに、延命治療をするかしないかを契約書で誓約するのはおかしくないですか? この選択肢から今選んで〇を付けなければいけないなら、私は契約書に署名捺印できません」
「すみません。言われてみればそうですね。今まで気にしたことが無かったです」
実際はもっと細かい会話があって、記憶が消えない私は今も勿論覚えていますが、長くなるし、インフルエンザ予防接種とは関係ないのでこれくらいにしておきますが、要するに私は、多くの人達がスルーするであろう事をスルー出来ないのですよ。

私って重箱の隅をつつく嫌な性格って思われている?
細かすぎる性格で嫌われる?
けれど、決して難癖をつけたいわけではなく、疑問があるから聞き、変だと思うから指摘する、特に契約書なんて重要なものは斜め読みして簡単に署名捺印してはいけない。
隣近所との日常会話なら、ん?と思ってもスルーするけれど、母の介護に関することだから、「ヤな性格」と思われたとしても、細かい情報も見落としてはいけないと思うし、正しく受け取りたいし、思いはきちんと伝えたい、そう思うのです。

そばで見ていることが出来ないから、不安や心配は尽きず、そのことを誰かに話して、「そんな事があったんだ。大変だったね、心配だね」そんな言葉でも返して貰えたら、少しは心が軽くなれると思うのだけれど。

インフルエンザは本当に心配です。もし罹ってしまったら、新型コロナウイルスの症状と見分けが難しいというし、今までは早めの予防接種で罹らなかったのだけれど、どうかホーム内でインフルエンザもコロナもありませんように。
神様どうかお願いします。

追1:
グループホーム入所時の契約書は、一番近い選択肢に〇を付けて但し書きを付け加え、署名捺印しましたよ。

追2:
文面では、私がいかにも滑らかに質問したり答えたり説明したりしたように受け取られそうですが、すべて、震える声で精一杯に話してました。教員をしていた頃から、会議で司会をしたり質問したり自分で作った資料を説明したりする時は、声が震えるのを必死で堪えながらでした。高機能自閉症と診断されて、そのせいだったのかと納得しました。授業とか生徒と話す時とかは震えなかったんですけれどね。

眠くて眠くて2020/09/26

昨日はブログを書けませんでした。

日差しが強くて外に出られなかったし、眠くて眠くて、朝食も米麹甘酒で済ませてしまいました。前の晩に冷凍室から冷蔵庫に移しておいたご飯は、まだコチコチでした。

数日前に「マイナンバーカードの準備ができたので受け取りに来るように」という葉書が来ていて、昨日は行けなかったけれど、金曜日を逃したら週明けしかないので、なんとか金曜日の内に行きたいなと思っていました。

昼食は、午後2時頃に、電子レンジでお味噌汁を作り、塩を振って焼いてチルドに入れておいた鮭とご飯を一緒に電子レンジで温めて食べました。

夕方少し雲が出て日差しが弱まってきたので、市役所が午後5時15分までだから4時半に家を出ようと準備していたら、結局4時50分になってしまい、退社時間と重なって道路が渋滞していて、市役所に着いたのは5時を過ぎていました。

マイナンバーカードの手続きを終えて、マイナポイントの予約もして、帰り道にイオンに寄ってマイナポイントの手続きを済ませて、買い物はせずに帰宅しました。

夕飯は、昼の残りのご飯を電子レンジで温め、半額で買った熊本県産赤茄子を2つきりにして鹿の子に切れ目を入れてグリルで焼いてエゴマ油と鰹節の振り掛け、半額で買った黒豚もも切り落としで生姜焼きを作って食べました。

眠くて疲れて、入浴が深夜2時になってしまい、ようやく寝入った頃、ふと目が覚めて、あれって思っていたら揺れを感じ、それから揺れが激しくなり、「どうか大きな地震じゃありませんように」と思いながらやり過ごし、時計を見たら、今朝の午前4時58分、隣の部屋に行ってTVをつけ、NHKの番組で地震速報を待ったけれど、なかなか速報が出ず、やっと出た速報(震度2)を見て、他所で大きな地震があった訳ではなかったことに安心して、もう一度寝ました。

その後、もう一度目が覚めた時には、もう昼前でした。

また米麹甘酒だけ飲んで、仏壇にお茶とお水と線香を上げて、オカワカメの花が咲いていたのでデジカメで写真を撮って、ニュースなど見ていたけれど、眠くて眠くて。
オカワカメの花はヤマノイモの花に似ているけれど、丸い蕾が開くと花びらがちゃんと分かれていて、白くてとても綺麗で、眠気が覚めたら後日載せます。

コーヒーと素炒りナッツと高カカオチョコレート2粒とミカンと、昨夜の残りの赤茄子と冷奴に鰹節を掛けて食べたけれど、ソファーでTVを見ていたらそのまま寝てしまって、気が付いたら午後3時半で、コーヒーを飲んだけれど、また寝てしまって、次に気が付いたら夕方5時前で、それでも眠くて眠くて。

今日は米麹甘酒くらいしか炭水化物を食べていなかったので、簡単にミニサイズの三色どんぶりを作り、手作りしたプレーンヨーグルトに半額で買ったキウイを入れて少しオリゴ糖を掛けて食べたけれど、眠気は覚めず、まだ食器を洗えていません。

今も眠くてほぼ頭が働いていない状態。
こんなにも眠いのは、やっぱり二次障害の鬱?
私は大学生の頃から、自分の双極性障害に自覚がありました。その頃は躁うつ病と言われていて、自分では、その傾向があるだけで病気と言うほどではないと思っていたし、度々過呼吸などで倒れても病院に行ったことは無かったけれど。

明日はちゃんと朝早く起きて洗濯をして朝食を食べて買い物にも行きたい。

台風に思う2020/09/24

台風12号は、24日15時に関東の東で温帯低気圧に変わったとのこと。
温帯低気圧に変わったからと言って油断はできませんが、ともかくも、昨年に大変な被害を受けてまだブルーシートのままの家屋も多い千葉県に再び大きな被害が出ることは避けられるようで、本当に安心しました。
前線で繋がった別の低気圧により九州は大雨の真っ最中ですが、明朝には晴れる予報です。

九州では、先日の台風10号で大変な被害がありました。最大915ヘクトパスカルに発達して九州に接近し、特別警報級の超巨大台風になるとの予報で、衛星写真ではくっきりと大きな目のある雲の渦が画面を覆いつくすほどで、昨年9月22日に竜巻が起こった台風17号と進路も似ていたので、一人で台風対策をして一人で過ごすしかない私は、外回りを対策した後で早々に南側の窓は全てシャッターを閉めたけれど、台風10号は東風が長時間続く予報なのに東側にはシャッターが無くて、本当に怖くて、眠ることも出来ないくらいでした。
もしも昨年の千葉での被害のように、屋根が壊れたりしたらどうしよう。雨が家の中に流れ込んでも、私は途方に暮れて何も出来ないのではないかと。

そんなに怖いなら避難所に行けば?と思われるかもしれません。
私の場合、避難所には行けません。
子供の頃から、修学旅行など集団では眠れなかったし、大人になっても、職場のキャンプでバンガローやログハウスに皆で泊まったり、職場の小旅行で一部屋で数人で寝たりすると、ほぼ一睡も出来ないのです。枕が変わると寝られないとかいうレベルではなく、他人の気配で眠れないのです。静かな一人部屋でないと。

それに、台風の最中に自宅を離れていると、自宅で被害が起きていないか心配でたまらなくて落ち着いていられません。自宅に帰ったら凄い被害を受けているかもしれないという不安を抱えて過ごすよりも、被害が起きるならその場にいる方がマシに思えるのです。
勤務していても、消防車の音を聞くと、留守中に自宅が火事になっているのではないかと不安になりました。
出張などで自宅を数日離れると、帰宅途中、自宅が目に入るまで不安で堪りませんでした。

高機能自閉症(病名としてはアスペルガー症候群らしい)などの自閉症スペクトラム症候群では、不安や恐怖を健常者よりも強く感じるそうです。
その上私は子供の頃から超繊細(五感全て感覚過敏だけれど、五感だけでなく気配にも過敏でした)だから、仕方ないのでしょう。
避難所など集団で過ごすことは、大変な苦痛とストレスになり、子供の頃からよく腹痛や頭痛になったし、とても耐えられないのです。

台風10号では、近所の頑丈な避難所は開設後すぐに定員に達して満員になったと、登録している市の災害情報メールで連絡があり、近くの別の避難所になっている公民館よりもうちの家の方が頑丈だから、よほどの事が無い限り、自宅を離れる選択はありませんでした。

不幸中の幸いで、台風9号が海面をかき混ぜて海水温が下がったために、予想ほどには発達しなかったけれど、超巨大台風であることには変わりなく、昨年のような竜巻は起きなかったけれど、9月5日からの2日間以上に渡って猛烈な東風が吹き荒れ、庭の植栽のほとんどが大変な塩害を受けて、ほぼすべての葉が茶色くかさかさになって落ちてしまい、見るも無残な姿になってしまって、愕然としました。
一歩戸外に出ると、すえたような不快な臭いでいっぱいで、何だろうと思ったら、塩害による枯葉の臭いでした。

昨年の台風17号に伴う竜巻は、台風最接近までは1日くらいあって風雨が激しくなる前に置きました。9月22日朝、時計を見ると8時半、まだ雨風は無かったけれど、そろそろシャッターを閉めようとカーテンを開けて窓の外を見たその瞬間、木の葉や何かの破片が混じった猛烈な東風が真横に走ったのです。不意を突かれて私はそのまま固まってしまいました。ガラス窓越しの眼前で、頑丈なカーポートの屋根がガタガタガタガタと波のようにうねり、今にも壊れて飛ばされそうでした。すぐに竜巻だと分かりました。
この地域は過去に何度も竜巻の被害を受けていて、実は17号の前に接近した台風の対策を外でしていた夕方にも、規模は比較にならないほど弱かったけれど、ほぼ同じような東からの突風が数分間続いたのです。あれも弱い竜巻だったのかもしれないと思いました。

数分後にはぴたりと静かになり、近所の人達が道に出てきたので、私も外に出て「今の竜巻でしたよね」と話に加わりました。日頃そんなに親しくはしていないけれど、近所付き合いは大事だから。見上げると自宅2階の屋根近くの電線には、どこからか飛んできた天津すだれが引っかかっていて、九電に電話しても繋がりませんでした。隣の奥さんが「うちの後ろの社宅アパートは窓ガラスが割れている」と教えてくれて、見ると3階の窓ガラスが割れていた。うちの斜め前の2階建ての家は屋根瓦が何枚か割れていたし、公民館横の2階建て民家は瓦がごっそり飛んでいたし、公民館向かいの2階建て民家も瓦が飛んでいました。
うちでは、ワイヤーで固定していた郵便受けが曲がっていました。カーポートの自家用車のすぐそばには瓦やコンクリートの破片が落ちていて、車に傷が無かったのは奇跡でした。玄関前や2階ベランダや色々な場所に、瓦やコンクリートやガラスの破片が散らばっていて、網戸に破れも見つかったので、瓦が割れた場所があるのではないかと心配しましたが、自宅の壁や瓦はどうやら無事なようでした。
電線に引っかかっていた天津すだれは、その後の強風で庭に落ちてきました。

台風が接近すると、毎年思い出すことがあります。
私が高校3年生の時だったと思うので、もう40年も昔の事です。
今でこそ、台風が接近すると小中学校や高等学校は休校や自宅待機が前日から発表されるけれど、20年くらい前までは、台風でも学業や仕事が優先されていた気がします。

昭和55年ころの9月だったと思います。
台風が接近していて、月曜日に朝起きると猛烈な風雨で、高校からは休校の連絡は無く、父が電話してくれたけれど、休校の予定は無いということでした。仕方なく、私は体育ジャージーに着替えて雨カッパを着て、学校にロッカーが無かったのでパンパンに膨れた重い鞄を青いビニルゴミ袋に入れて自転車に括り付け、制服やお弁当や辞書を入れた重いスポーツバッグも青いゴミ袋に入れて自転車のカゴに入れ、暴風雨の中、日頃でも片道1時間近くもかかる大橋を2つ超えた10km先の高校に向かいました。

ところが、ようやく学校に到着すると、入り口は締まっていて「台風により休校となりました」との黒マジック手書き縦書きの貼り紙。仕方なく、暴風雨の中、2つの大橋を超えて自宅に戻ったのです。

私はその後に高等学校教諭になって自らそういう事態に対応してきたので、その時の学校の対応が私には許せないのです。
たとえ休校が未定であったとしても、未成年である生徒の安全が一番大事であり、「休校になるかはまだ分からないけれど、しばらくは自宅で待機していなさい」と伝えるべきだったと思うのです。
私の両親にしても、「欠席や遅刻になってもいいから、風雨が弱くなるまで登校は止めなさい」と言ってくれるべきでした。両親は、とにかく遅刻や欠席を嫌いました。

翌朝登校すると、学校の窓ガラスが割れていました。新設されたばかりの新しくて頑丈な学校で窓ガラスにも金網が入っていたのに。
当時の校長の決断力の無さ、電話に出た事務職員の融通の利かなさ、担任の生徒への愛情の薄さを感じずにいられず、腹立たしささえ感じてしまうのです。

私が教員になった頃は、台風接近時には前日に休校を決めるか、当日の早朝に緊急連絡網で生徒に休校を連絡するなどの対応が取られるようになっていたけれど、職員は出勤もしくは有給休暇である年次休暇を取るようになっていました。学校が休校になっても、会議や研修などの出張は延期や中止にはならないから、私は、暴風雨でも、豪雪でも、遠く離れた県庁所在地まで自家用車で出張しました。私の住む県は、残念ながら公共の交通機関が不便で、電車を使おうとすると、自宅から駅までと、駅から出張先までをタクシーに乗るしかないので、自家用車を使うしかないわけです。
人権教育の九州大会が本県であった時には、会場の駐車場は他県からの参加者のみ利用可能で、本県参加者は会場から遠い駐車場を使ってそこから歩かなければならず、私は他県から引っ越ししてきて自家用車が県外ナンバーだったので、悪いとは思ったけれど、とにかく物凄い暴風雨だったので会場駐車場を使わせてもらいました。
出張を終えて翌日学校に出勤すると、通学路の電柱が根元から倒れていて、それほど凄い台風だったのでした。

今は、大きな台風が接近して危険が予測できる時には、小中学校や高等学校の休校や自宅待機はもちろん、公共交通機関も事前に運休を発表したりするし、企業や事業者にも従業員を無理に出勤させないようにとニュースで伝えられたりします。勉学より仕事より人命が大事だという意識が広がってきたのは本当に良いことだと思います。

大雨が、ますます激しくなってきました。
自宅付近は、山からも河川からも離れているので、土砂災害や洪水被害の心配はないけれど、台風10号で地盤が緩んでいる地域や雨水が溜まりやすい低地、河川の近くに住む人はさぞかし不安でしょう。それとも、長年住んでいると慣れてしまって不安など感じないという人も多い?
どうかくれぐれも、危険に鈍感にならず、少しでも危険があれば命を最優先して欲しいです。
台風10号による崖崩れに4人が巻き込まれ、しかも、そのうちの2人が、外国からの技能実習生であることが、私はとても辛いのです。

苦しくても生きるしかないから2020/09/23

ずっとブロブを書けませんでした。
ブログだけではなく、パソコンをほぼ開けませんでした。
父のファミリーヒストリーを書くまではと、何とか8月15日までは頑張って書いたけれど、実は生きる気力さえ失っていました。

私は、昨年12月半ばから、銀行などでの事務的な会話と母の介護施設との連絡以外は、ほぼ会話が無い生活です。
どうか想像してください。
朝から晩まで、大晦日も、お正月も、お彼岸も、誕生日も、お盆も、巨大台風接近時も、家で一人ぼっちで誰とも会話の無い毎日。
それが、もう9か月以上。
自ら望んでそうなったわけではありません。

高機能自閉症や五感全ての感覚過敏などの診断を受け、障害者手帳を交付されたけれど、障害者就業・生活支援センターに相談しても心無い対応をされ、地域包括支援センターは母の事で相談を拒否された体験から信頼できず、市の障害福祉課に相談しても何も変わりませんでした。
地域社会との繋がりも最低限しかなく、近隣に親しい友人も居ないから、訪問者も電話もありません。
数日前、電話が鳴ったと思ったら、世論調査の自動通話でした。
ブロブを始めて想いを伝えれば、誰かが共感してくれて、何か変わるかもしれないと願ったけれど、世の中はそう甘くは無いのですね。

仕事をしていた頃は、真面目な性格ゆえに無理をしても全力を尽くし、超繊細ゆえに自分よりも相手を優先し、長年のキャリアにより仕事のスキルも高かったので成果も上げ、信頼もされ、退職時には惜しまれもしたけれど、母の介護のために退職すると、当然のことながら元同僚達は新しい人間関係に忙しいから、退職した元同僚の事など次第に忘れていきます。
子供の頃から苛めや仲間外れにされ、もともと人付き合いが苦手な私は、コロナ禍によって、社会との接点をほぼ無くしました。

昨年までは、日差しの弱くなった夕方に庭の手入れをしたり、買い物を楽しむことで、気晴らしができました。
けれど、今年は梅雨が2か月も続き、毎日雨が降り続いて庭の手入れも殆どできず、コロナ禍で不要不急の外出が制限されて、買い物も混まない時間帯の食料品の買い出ししか行けず、自粛を求められたからではなく怖いから外出できませんでした。

毎日、家でただTVを見るしかないけれど、そのTVは、不意に流れるCMさえもが、コロナ禍で離れていても繋がろうと絆を強調し、ニュースさえもが、会えなくてもビデオ通話で繋がる家族や恋人達を紹介し、私は見るたびに涙があふれた。
繋がれる家族も恋人も友人も居ない人は、きっと私以外にも居るはず。そんな人達の事は誰も気にしていないのですね。

外出制限が緩和されても、一人ぼっちの私は、どこかに遊びに行くこともできません。会話も無く、笑うこともなく、少しの食事をしてシャワーを浴びて寝るだけの毎日。
仕事をしていた頃から、苦しくて退職したかったから、退職しても年金受給までは自力で生きていけるように、爪に火を点すような節約生活をして、現在、無職ながら衣食住はつつましくもまだ困っていない。
コロナ禍で仕事を失い衣食住にも困っている人達を思えば、それ以上を望むのは贅沢だと思われるかもしれない。
私は学生時代、食べ物を買うお金が無く、やむなく過酷なアルバイトの掛け持ちをして単位を落とし、無保険で病院にも行けなかったから、お金が無い苦労は知っています。
けれど、世界中の誰からも顧みられない孤独は、家族や友人に支えられている人にはきっと分からない。
名前を呼ぶ相手も、呼んでくれる相手も居ない孤独を、誰か分かってくれますか?

私は、たった一人で生きているとは思っていません。要介護5の母がお世話になっているグループホームには本当に感謝しているし、コロナ禍でもスーパーのレジに立ってくれている方々や、電気や水道を管理してくれている方々や、食料を生産・流通してくださっている方々がいなければ、私は生きてはいけない。

ただ、生きていても少しの楽しみも無いのです。若い頃は、将来に夢をもって頑張ることができたけれど、もう、生きることに何の喜びも希望も見いだせないのです。
9か月間、誰も訪ねてこないということは、私が孤独死しても何ヶ月も発見されないということ。私が死んだら、家も家財道具も思い出の品々も全てこの世に必要のない物になってしまうから、生前整理をして、死ぬときには全てを処分しておきたいと願うけれど、それは無理な話で、誰かに託すしかないけれど、「〇君(姉の息子)はやってくれるかなあ」と以前姉に話したら、息子も娘も孫もいる楽観的な姉は、「死んだ後の事は死んだ後にどうにかなるよ」としか答えてくれませんでした。
一人だと心配だよね、大丈夫だよ、〇君はちゃんとやってくれるよと、答えてほしかった。
だから、今は、安心して死ねないから、細々とでも生きるしかない。
世界最高齢の120歳まで元気でいれば、私の死後の始末を誰かが世話してくれて、私も安心して死ねるかもしれない。
  
昨日、母のグループホームに行ってきました。
要介護認定の更新書類に署名捺印する為です。
インフルエンザ予防接種も毎年10月初めにはしていたので、政府からも高齢者は早めの接種を勧められているし、電話で聞いてみたら、まだ分からないとの回答だったけれど、去年の書類しかないけれど同じだと思うからと言われ、そちらにも署名して帰りました。

本当は、面会も条件付きで解除されたので、母に会って抱きしめてあげたかったけれど、身体接触はできないし、私は想いがあふれて涙がぽろぽろ溢れて止められなかったので、面会は断念しました。
認知症の進んだ母は、1年以上前から、私の事が分かりません。だから、電話やビデオ通話も無理だけれど、名前が分からなくても、娘と分からなくても、心の奥底のどこかでは、会えばきっと感じてくれると思うのだけれど。

ちなみに、私自身は、母と同居し始めた年の10月に母と一緒にインフルエンザ予防接種を受けたら、副反応で発熱して10日程寝込む羽目になりました。職場でインフルエンザが大流行しても、私自身は一度もインフルエンザに罹ったことはないので、もう二度と予防接種は受けないつもりだし、近い将来にコロナウイルスのワクチンが完成しても、ワクチン接種は受けないつもりです。
私には橋本病や好酸球性副鼻腔炎(喘息併発)などがあり、子供の頃から肺炎や気管支炎に何度も罹っているので、もし新型コロナウイルスに感染したら重症化リスクが高いけれど、多くの医薬品に酷い副反応を起こしてしまう私なので、そのリスクの方が怖いから。

新型コロナウイルスさえ無ければ、世界中が今よりずっと幸せだったはずなのに。
けれど、時間を巻き戻すことはできない。感染が少し落ち着いたとしても、もうコロナ以前には戻れない。少しでも油断すれば、再び感染は広がり、多くの人が苦しみ、多くの人が命を落としてしまうから。

コロナ対応で多忙な姉からは、連絡しても連絡しても何日も返信が無く、私はますます鬱に拍車がかかって、コロナのせいと分かっていても苦しくて、眠くても眠れず、食事もとれず、腹痛も続いていたいたけれど、やっと昨日の夜、短いけれど返信が来たので、それで良しとします。

このブログを読んでくださった方、短くても良いので、どなたかコメントをもらえないでしょうか。
長文の、こんな暗い内容では、誰も読んではくれないでしょうか。